Wisteria
□第五話
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割れた電灯がバチバチと火花を散らす。その都度、露わになる白髪の男の顔にカエルの顔をした天人は、顔を引き攣らせ、ゲコゲコと鳴き声を漏らす。
二人の足元には、天人と人間が眠るようにして倒れていた。
「お前が禽夜か?」
「な、なんだ、貴様!ここで一体何をしているケロ!」
「この倉庫を焼き払う。消防団は自分で呼べ」
男は、懐からマッチを取り出して箱の側面で火を点けると、倉庫で山積みにされている木箱に火を移す。火は次第に勢いを増し、倉庫はあっという間に火の海と化した。
「何を…!貴様、一体何者だケロ!」
瞬間、首に巻いていたスカーフがはらりと床に落ちる。ふと触れた首元のスカーフは横に裂けており、禽夜はゾッとして男を見る。男は、抜いた刀を鞘に納めていた。
「これは警告だ。今後一切、薬の売買に手を貸すな。無視すれば…」
禽夜はごくりと息を飲む。
「次は容赦しない」
そう言って、男は炎の中に消えた。
禽夜がその男の正体を知るのは、火災後、男が裏世界で騒ぎを起こし、幕府の犬だと明らかになってからだった。
それから月日は流れ…
「お久しぶりですね、禽夜サマ」
にっこりと、見るからに胡散臭さ満載の笑顔を貼り付け、幕府の官僚、禽夜の部屋に訪れたのは特命係の雨月だった。禽夜は、大きな目玉をぎょろりと動かして大きな口をパクパクと動かした。
「ゲコッ!?何で貴様がここにいるんだケロ!」
「護衛に来たからです。良かったですね、真選組が護衛を申し出てくれて。お陰でまたお会いすることが出来ましたよ。さあ、どうぞ。僕との再会を喜んでくださいませ」
「どの口が喜べと言ってるんだケロ!喜べるわけないケロ!帰るケロ!お前みたいなヤツに守られてたまるか!」
「カエルだけに帰るとは…面白いギャグですね。持ちネタですか?」
「き、貴様ぁ…!」
先日、宇宙海賊春雨の一派が二人の侍…内一人が桂小太郎によって、壊滅した。春雨は、大量の違法薬物を江戸に持ち込んで売り捌いていたのだが、その密売に幕府の官僚が一枚噛んでいたという噂がある。
「何でも、薬物の売買に手を貸し、利益の一部を受け取っていたとかいないとか…勿論、ご存知ありますよね?禽夜サマ」
「フン!知らないケロ!」
「ご存知ない?では何故、真選組に護衛されているのでしょう?教えて差し上げましょうか。あなたがその官僚で、噂を聞き付けた攘夷浪士達があなたの暗殺を企てているからですよ」
「……ゲコォ」
「しかし、不思議で御座いますね。ご存知でないのにどうして真選組の護衛を受け入れたのでしょう?禽夜サマは他の事柄で、命を狙われるようなことに心当たりがお有りなのですね?」
「くっ…不愉快だケロ!人を犯人扱いして!部屋から出ていくケロ!」
「事実でしょうに。仕方ありませんね、また話し相手が欲しくなったら呼んでください」
雨月は、スッと立ち上がる。
「地獄には呼ばれてもいきませんけどね…?」
「地獄には行かないケロ。貴様に守ってもらうのだからな」
「…失礼します」
にっこりと微笑んで退室する雨月。襖を閉めると、終始浮かべていた作り笑いも引っ込む。禽夜は、廊下を歩いていく彼の影を目で追いながら、ゲコッと鳴いた。
*
数日後、部屋から出た禽夜は狙撃手に命を狙われ、それを庇った近藤が肩に傷を負った。身を呈して命を救った近藤に対して、「猿でも盾代わりにはなったようだケロ」と馬鹿にした禽夜は、隊士に雨月を呼ぶよう命令する。
「猿山の中に『白魔の王子』がいて良かったケロ」
鼻歌交じりに屋敷内を動き回る禽夜は、今し方、命を狙われたとは思えないほど余裕綽々であった。禽夜の発言を聞いていた隊士達は、名指しまでされ、『白"馬"の王子』と呼ばれた雨月と禽夜の関係性を疑う。しかし、近藤の身を案じることで、その馬鹿な考えを頭から消した。
禽夜が呼んでいると報告を受け、雨月は満面の作り笑顔で襖を開ける。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!そうです、僕が雨月です」
「貴様ぁ!雨月!!コイツをどうにかするケロ!」
バタバタと暴れる禽夜。その上に跨る沖田。ボケをかます雨月。混沌とした室内に禽夜の手足をばたつかせる音だけが響く。雨月は一瞬で死んだ魚の目になり、貼り付けていた笑顔も氷のように冷たい表情へと変わる。そんな雨月を見て禽夜は震え上がり、沖田は、「へぇ…」と嬉しそうに口角を上げた。
「雨月の知られざる一面を見てしまいやした」
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