Wisteria

□第七話
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雨月は、夢を見ていた。
灰色の曇り空の下、武装した男達はうら若き雨月に期待の眼差しを向けていた。薄汚れた手と手を取り合い、強く握り締める。

『いいか、理央…』

『お前だけが頼りだ…』

『理央、頼む…』

理央、理央、と名前を呼ぶ男達は、一人、また一人と暗闇に飲まれていく。姿を消す彼らに動揺した雨月は、目の前で自分の手を握る男を見た。

「雨月!!」

次の瞬間、バシンッと頭を叩かれ、雨月は目を覚ます。寝惚け眼で顔を上げた雨月の目の前には、鬼の形相で怒る土方が立っていた。土方は、鞘から刀を引き抜き、しなった刃で威嚇する。

「集会中に居眠りったぁどういう了見だ、コラ!」
「…すみません」

叩かれた頭を撫でながら、素直に謝罪する。

「あれ?他の隊士はどこへ…」
「とっくのとうに仕事に戻ったわ!」
「そうですか、集会が終わるまで起こさずにいてくれたんですか?」
「お前なぁ…。謹慎明けで気ィ抜けてんだろ。総悟じゃあるまいし、居眠りなんて普段のお前からじゃ考えられねえぞ」
「そんなことないですよ。僕だって…」

目を伏せて俯く雨月。だが、すぐに顔を上げて「僕も仕事に戻ります」と立ち上がった。

「実行委員との打ち合わせがありますので」

三日後、鎖国解禁20周年の祭典が行われる。その祭りには珍しく将軍の徳川茂々も参列する為、雨月は特命係として命を受け、総出で警備に当たる真選組と情報を共有していた。

雨月は、だからか…と立ち止まる。
だから、あんな夢を見たのかと拳を握り締めた。目覚める瞬間に見た男には、首から上が無かった。



町を行く雨月は、三度笠を被った一人の女とすれ違った。ふんわりと香った煙管独特の匂いに雨月はピタリと足を止める。

「よお、理央…見ねえ内に随分と様変わりしたじゃねえか」
「高杉さんこそ、何ですか。その派手な女物の着物は」
「おいおい、昔みたいに『晋助お兄ちゃん』って呼べよ」
「………晋助お兄ちゃん、どうしてここにいるんです」
「祭りと聞きゃ、飛んでくるさ」
「そう…」
「なあ、聞かせてくれよ。俺達を裏切った幕府に仕えるってどんな気分だ?俺達を裏切って、幕府の犬に成り下がって、仲間を殺す気分ってのはどんなだ?」
「…僕はもう誰も殺さない。二度と」

すると高杉は雨月を鼻で笑う。

「お前は『殺さない』じゃない、『殺せない』んだ。当然だよなぁ、お前は幕府に取り入る為、てめえの仲間をその手に掛けたんだから。忘れられねえんだろ、首を切り落としたあの感覚を。飛び散った血の温かさを。裏切られ、絶望し、怨みに満ちた仲間の顔を!」
「……あなたに何が分かる」
「分かんねえな、裏切り者の考えなんて」
「なら、黙ってろよ。知った風に"僕達のこと"を語るな」

雨月は高杉に殺意を向けて睨む。

「クク…お前、勿体ねえな。まぁ、今回は様子見だ。理央にとっても、将軍サマにとってもきっと楽しい祭りになる」



祭り当日、雨月は、将軍のために用意された物見台の最終チェックを行っていた。怪しい物や仕掛けがないか、念入りに見て回る雨月の背中にくっ付いて歩く沖田を、近藤は「まるで軽鴨の親子だな」と笑っていた。

「雨月〜…」
「だめです。仕事に集中してください」
「将軍が来るまでまだ時間はありまさァ。それまでの間だけ…。それとも雨月は、祭りが好きじゃないんですかィ?」
「好きですよ。でも、いつ何が起こるか、分からないじゃないですか。だからだめです」

そう言って、雨月は物見台から降りていく。



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