Wisteria

□第八話
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巷を騒がせている下着泥棒を捕まえると丸一日屯所を開けた近藤、土方、沖田と数名の隊士達が、容疑者を確保して戻って来てから数日が過ぎた。季節も本格的に夏に突入し、暑い日々が続いている中、雨月は虫退治に躍起になっていた。夏は虫が増える。蝉や蚊の他にも蛾やハエ、カメムシ、カナブン、ゴキブリなどが夜になると飛び回る。雨月はそれらを徹底的に駆除していた。
雨月の部屋には殺虫剤が並べられ、常に蚊取り線香が焚かれている。蚊帳を吊るし、部屋の出入りは必要最低限に済ませ、夜は火の光に引き寄せられて虫が寄ってくる為、早めに就寝するよう努めていた。

「雨月!」

虫を警戒しながら歩いていた雨月を山崎が呼び止める。雨月が宴会に参加してから隊士達に話し掛けられる回数が増えた。警戒心もなくなり、雨月に怯える隊士はもういない。

「何か用ですか?」
「今から皆で怪談話するんだけど、雨月もどう?」
「怪談…僕は結構です。その手の話はあまり好きじゃないんです…」
「え、そうなんだ。意外だなぁ」
「そうですか?」
「雨月、お化けとか信じてなさそうだし、怖いの得意そうだなって思ってたんだけど」
「…あまり騒がしくしないでくださいね。僕はもう寝ますから」
「あ、うん、おやすみ!」
「おやすみなさい」

部屋に戻った雨月は、暫くして、二度の悲鳴を耳にするが聞こえないと耳を塞いで布団に包まった。雨月は動物と虫の他にお化けの類を苦手としていた。



雨月が怪談話を断ってから毎日のように隊士が幽霊に襲われて寝込んでいた。隊士達は皆、うわ言のように『赤い着物の女』と呟いており、今日までで約18人の隊士が被害に遭っている。
怪談で話されていた幽霊かもしれないと言う沖田と幽霊を信じないと言う土方、そして真選組屯所は呪われたと言う近藤に囲まれて、雨月は密かに冷や汗を流す。

「局長、連れてきました」

山崎が連れて来たのは、幽霊を専門に扱っている『拝み屋』だった。一人は三度笠を被り、顔を包帯で覆っている陰陽師、もう一人は丸いサングラスをかけたチャイニーズ、そして最後の一人は頭巾を被った僧侶である。

「何だ、こいつら。サーカスでもやるのか?」
「いや、霊を祓ってもらおうと思ってな」
「霊能者なんですか?」
「おいおい、冗談だろ。こんな胡散臭い連中」
「あら、お兄さん!背中に…」
「…何だよ。背中に何だよ」
「プププ、ありゃもうダメだな」
「斬っていい!?斬っていい!?」

静かに土方から離れる雨月。
沖田はそれを見て、首を傾げた。

「先生、何とかなりませんか。このままじゃ怖くて、一人で厠にも行けんのです」
「任せるネ、ゴリラ」
「あれ、今ゴリラって言った?ゴリラって言ったよね?」

屋敷内を見て回った拝み屋は、相当強力な霊の波動を感じると言う。沖田がどんな霊なのかと尋ねると、チャイニーズは答えた。

「えーと、うー…工場長…ぅぐ!」
「…えーっと、ベルトコンベアに挟まって死んだ工場長の霊です」
「あのー、皆が見たって言ってるのは女の霊なんですが…」
「間違えました。ベルトコンベアに挟まって死んだ工場長に似てると言われて自殺した女の霊です」
「長えよ!工場長の件いるか?」
「とりあえず、お前…山崎とか言ったか。お前の体に霊を降ろして除霊するから」
「え、えぇ…ちょっと待ってください。除霊ってどうやるんですか?」
「お前ごとしばく」
「何だぁ!それ、誰にでも出来るじゃねえか!」

次の瞬間、山崎のお腹にボディーブローが決まる。

「はい、今入りました!入りましたよ、これ!」
「霊っていうか、ボディーブローが入ったように見えたんですけど…」
「違うヨ、私入りました!えー、皆さん、今日でこの工場は潰れますが、責任は全て…」
「オイィィ!工場長じゃねえか!」
「…あれ?何だっけ?」

二人羽織をしていたチャイニーズが山崎を手放すと、山崎はぐったりと床に倒れ込む。降ろす霊を間違えてか、何やら揉め始めた『拝み屋』は、仕事そっちのけで喧嘩を始めた。そして…

「あ、」

パサリと落ちたチャイナ帽と三度笠。
彼らは『拝み屋』ではなく、『万事屋』だった。



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