Wisteria

□第一話
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歓声を上げる観客に埋もれ、激励を叫ぶ沖田は普段よりも活き活きとしていた。観客席に囲まれた中央にあるリングの上では、女同士の取っ組み合いが行われている。大江戸女傑選手権大会…つまり、女子格闘技である。休みを利用し、沖田に誘われるがまま観戦席に着いた雨月は、ぼんやりとその試合の様子を眺めていた。

「どうしたんでィ、目が死んでやすぜ」
「そりゃ目も死にますよ。何ですか、これ、アイドルの宣伝活動ですか?」
「大会の意図はそうでさァ。でも、ハルカはプロの選手でィ。アイドルが勝てる相手じゃねェ」
「…見知った娘にやられてますけど」
「ハルカー!何やってんだァ!何の為に主婦辞めたんだァ、刺激が欲しかったんだろィ!…ん?」

何かに気付いた沖田は右を向いた。気になった雨月が彼の肩口から顔を覗かせると、そこには銀時と新八が口を開けて立っていた。

「いやー、奇遇ですねィ。旦那方も格闘技がお好きだったとは」

会場を抜け出した沖田と雨月は、神社の石段に座る万事屋三人と合流する。女子格闘技が好きだと語った沖田の独特な楽しみ方に対し、新八と神楽から野次が飛ぶが、無断でリングに上がり、試合の邪魔をしていた神楽の頭を銀時が引っ叩いた。

「それより旦那方、暇ならちょいと付き合いやせんかィ?もっと面白い見世物があるんですがねィ」
「面白い見世物?」
「まぁ、着いてくりゃ分かりまさァ」

沖田は雨月を見てニヤリと笑う。

「アンタもきっと気に入りまさァ」
「沖田さんの『気に入る』は当てにならないんですよね…」

雨月の言う通りだったと万事屋一行はそれを見て思った。沖田に連れられてやってきたのは裏世界の住人が巣食う社交場である。そこには『煉獄関』という地下闘技場があり、白昼堂々と殺し合いが行われていた。彼らはそこで、今まさに一人の男が殺される瞬間を目撃してしまう。

「胸糞悪いモン見せやがって!眠れなくなったらどうするつもりだコンニャロー!」
「明らかに違法じゃないですか!沖田さん、アンタそれでも役人ですか」
「役人だから手が出せねェ。こういう物の後ろにゃ強い権力が見え隠れするんでさァ」
「御上も絡んでるって言うのかよ」
「下手に動けばウチも潰され兼ねないんでね。自由なアンタが羨ましいや」

言葉を失う三人に沖田は畳み掛ける。

「雨月は御上のお気に入りでしてね、これらを守る側なんでさァ。腹の中は知りやせんが、仕事となれば感情も殺すヤツでねィ。見て見ぬ振りしろと言われちまったらそれまででさァ」
「そんな…」
「だから、アイツを帰らせたのか」
「武士のくせして争い事…、特に血生臭いのが嫌いなんですよ。女子格闘技で死んだ目をしてやしたから、殺し合いなんか見たら昇天するんじゃねえかと」
「アンタ、僕達が昇天してたらどうするつもりだったんですか」

銀時は、頭を掻いた。
雨月の言っていた『どんな手を使ってでも』の意味が、御上だったとは思ってもみなかった。戦後、雨月の消息は不明だった。警察署で再会し、その時はじめて雨月が幕府に仕えていることを知った。どんな思いで今の地位に就いているのか。どんな苦労がそこにあったのか。何を犠牲にしてきたか。銀時には分からない。
しかし、結果として雨月が得たのは、足枷である。



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