Wisteria

□第三話
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その日の朝、真選組の隊士達は誰とも知れぬ悲鳴で目を覚ました。何事かと部屋から顔を出した隊士達は助けを求める声を耳にし、互いに顔を見合わせて首を傾げる。

「何だよ、朝っぱらからうるせえなあ…」
「また近藤さんがトイレ詰まらせたんですかィ?」
「トシ、総悟!一体、何の騒ぎだ!」
「近藤さんがトイレを詰まらせたんだって土方さんが」
「オメーが勝手に言ったんだろ」

すると廊下の奥から雨月が走ってくる。目に涙を浮かべ、着崩れた着物から肩を露出した雨月の姿にその場にいた全員がギョッとした。

「た、たひゅけ…」

自身の腕の中に雨月を迎え入れた沖田は、雨月の両腕を掴み、どこの変態にやられたのかと問い詰める。

「ごき…ごきぶり、が……」

隊士達は大声で笑った。

「たかがゴキブリで大騒ぎとは」
「江戸に住むってことはゴキブリと生活するってことだぞ」
「違っ、ただのゴキブリじゃないッ…!」

雨月は涙目で訴えるが、誰も聞く耳を持たない。
土方も沖田も呆れる中、近藤だけは違った。

「こら、お前達、笑ってやるな。誰しも苦手な物くらいある。俺もゴキブリは苦手だ!」
「威張って言うことじゃねえだろ、それ」
「雨月も落ち着け。パニックになるのも分かるが、ちゃんと説明するんだ。ただのゴキブリではないとはどういうことだ。チャバネゴキブリだったのか?」
「近藤さん、ゴキブリに詳しいな」
「うぅ〜…、分かりません…。でも、すごく大きくて!喰われて死ぬかと…!」
「よしよし、俺が退治してきてやるからな。ソイツはどこに居たんだ?」
「厠に…何番目かは覚えてません。近藤さん、刀じゃないと死にますよ。本当に大きいんです」
「心配するな、このゴキジェットはプロだぞ。ゴキブリからすれば刀も同然だ」

そして、ゴキジェットを片手に厠に向かった近藤の悲鳴が響き渡る。着物の前をはだけさせ、バタバタと足音を立てて走ってきた近藤に隊士達はゾッとした。

「何あれ!何あれ!嘘でしょ!あんなのが江戸には生息してるの!?」
「だから言ったじゃないですかー!刀です!アイツを倒すには刀が必要なんですぅ〜!」
「たく…二人して騒ぎ過ぎだろ。行くぞ、総悟、一緒に来い」
「嫌でさァ、一人で行ってくだせェ」
「俺一人で行って逃したらどうすんだよ」
「大丈夫でさァ。その時は俺が土方さんごと仕留めやす」
「分かった、怖いから一緒に来てくれ」
「最初からそう言いなせェ。ほら、行きやすぜ」

そうして二人が厠へ行こうとすると、その廊下の奥に怪しげな影が蠢いた。その影には二本の触角が存在し、地面を這う足は細く、よく見ると影は黒く光り輝いていた。

「でたああああ!!」
「やだあああああ!!」

一目散に逃げ出す近藤と雨月に続いて隊士達が逃げ出し、土方と沖田も来た道を全力で引き返す。

「なんだあれ!なんだあれ!大きいってレベルじゃねえじゃん!バケモンじゃん!」
「あれきっと、誰のナニを食ってデカくなったんですぜィ。間違いねえでさァ」
「雨月!てめえ、なんでもっと詳しく説明しねえんだ!」
「しました!僕を信じなかったのはそっちじゃないですか!」
「そうだぞ、トシ!雨月を責める前に反省すべきことがあるだろう!先に雨月を笑い、疑ったのは俺達だ!すまなかった!」
「ゴキブリ苦手なのに僕のために立ち向かってくれたから近藤さんは許します」
「何で俺が全部悪いみたいな…」

その時、前方を走っていた隊士達から悲鳴が上がる。

「後ろにいたはずだろ!」
「飛んだのか!?」
「違う、二体目だ!」
「嘘だろ…あんなのが二体も居るのか?」
「うわあああ!三体目だー!」
「こっちにも居るぞ!」

襖を開け、部屋から部屋へと移動すると新たなゴキブリが湧き、逃げ惑う隊士達を翻弄する。雨月は吐き気を催し、近藤は青ざめ、土方と沖田は近付くゴキブリを蹴散らしていた。

「本当になんなんだ、コイツらは!」
「異常進化した上に異常発生とは、これだから江戸は汚くて敵わねェ」
「むり、もうむり…吐く、気持ち悪い…」
「ヘルプ!!ヘルプミイィィィッ!!」

近藤の悲痛な叫びがこだまする。
答えるようにゴキブリがピィピィ鳴いていた。



 

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