Wisteria

□第八話
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朝礼で、逃走中の桂を見つけたと報告が上がり、雨月は表情を変えぬまま、隊士達の情報に耳を傾けた。脱獄した下着泥棒を捜索する為に張った検問に桂が引っかかったと言うのだ。逃げられてしまったが、沖田が放ったバズーカで桂は怪我を負ったらしく、まともに動くことが出来ず、近くに潜んでいるだろうと推測が飛ぶ。

「引き続き、桂の捜索に当たってくれ」
「ふんどし仮面の捜索はどうしますか?」
「同時進行で頼む」
「ふんどし仮面より桂優先だ」
「でも、お妙さんのパンツが!」
「てめえで守ればいいだろ!」
「副長!局長のストーカー行為に許可を与えるおつもりですか!」
「あ?おい、待て。そういう意味じゃ…」
「あー!局長が居ない!」
「消えた!局長が消えたぞ!」

そんなこんなで慌ただしい一日が始まり、雨月は居た堪れない気持ちで仕事に当たった。

次の日もその次の日も発見・確保等の報告は成されない。雨月にとっては良い報告だが、不安は尽きない。怪我の具合はどうなのか。逃げ切れるのか。手助けが必要なら手を貸したいとさえ思ってしまう。しかし、雨月は動けない。動けば桂の命の危険性が増すばかりか、雨月もタダでは済まないからだ。雨月の力は、拘束された後でしか発揮されない。逃走中は何もしてあげられないのだ。

「今日も収穫無しか…。そろそろキツイわ」
「沖田隊長が珍しく仕事してるんスよね。張り切ってるというか何というか」
「いつもあれぐらいやる気出してくれたらいいんだけどなー」
「サボリ魔っスもんね。俺は緩くて楽っスけど…」
「「ドが付く方のSだからなぁ…」」
「急にスイッチ入るから」
「それが一番つらいっスね」

隊士達は深い溜息を吐いて廊下を歩いていく。苦労話を盗み聞きした雨月は、沖田が珍しくやる気を出して働いていることを知り、そうなのかと考え込む。沖田は真選組の中でも剣に優れている。故に、一番隊隊長に任命されている。その彼が煉獄関を摘発しようと動いた時も、土方は珍しく働いていると言っていた。

「………」

雨月は酷く不安になった。

「それでウチに来られても困るんだよねぇ、理央ちゃん。自分でもそれはよく分かってんだろ?」
「そうだけど。心配で…」

雨月が訪れたのは、銀時のところだった。二人が会うのは記憶喪失以来である。新年の挨拶もそこそこに、雨月は桂の一件を銀時に相談する。

「銀さんなら何かしら知ってるんじゃないかと思って」
「知らねえよ、ヅラがどこで何してるかなんて。つーか、ちょっと怪我したくらいでぎゃーぎゃー騒いでんじゃねえよ、過保護かテメーは!」

銀時は、自分の時はそんなことなかったくせにと心の中で拗ねる。目の前にいる交通事故で記憶を無くした男よりも、どこで何をしているかも分からない男の心配をするのかと。確かに、桂の事は心配である。だが、『逃げの小太郎』の異名を持つ男が怪我したくらいでそう簡単に捕まるとは思えない。

「…だって、桂さんだけなんだ。僕を否定しなかったのは」
「………」
「この姿を見ても、『お前にも考えがあるんだろう』って。だからあの人には逃げて、生き延びて欲しいんだ」

「ごめん、警察の言う台詞じゃないね」と雨月は、困ったように笑う。そして、知らないなら良いとソファーから立ち上がった。

「桂さんに関する情報は絶えず入ってくるから、大人しくそれを当てに待ってみます」

玄関へと向かう雨月。
銀時はガシガシと頭を掻き、腕を背凭れから垂らし、ソファーにもたれかかった。履けもしない二足の草鞋を履く雨月の惨めさといい、健気さといい…どうしてこうも自分の周りには過去に縛られた連中が多いのかと天井を仰ぐ。桂は銀時と再会して変わったが、雨月が変わったのは見た目だけだ。自分の首を自分で締めて、危険な綱を渡り歩いている。一人で背負う必要はどこにもないのに他人のことにまで気を遣い、自分を蔑ろにして生きている。そんな雨月を銀時が放って置けるはずがなかった。

「はぁー…たく、面倒臭えな」
「?」
「わーったよ。協力してやる」
「えっ…!」
「但し!今じゃねえぞ。奇跡的にヅラに会ったら伝えといてやる。アイツと関わるとロクなことにならねえからぶっちゃけ会うの嫌なんだけど」

そう、苦い顔をする銀時を見つめ、雨月は嬉しそうに口角を上げた。

「…ありがとう、銀さん」

数日後、桂を発見したものの逃げられたと報告が上がり、雨月は心の中で安堵しながら、その始末書を手掛けた。



 

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