Wisteria

□第九話
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「ウミボウズ…?海の妖怪ですか?」

雨月が首を傾げて答えると、沖田は頬を膨らませてプーッと笑った。

「知らないんですかィ?常識ですぜ、常識」
「沖田隊長だってさっきまで知らな…ごふぅっ!」
「うるせえ、余計な事は言うんじゃねえよ」
「…その『海坊主』がどうかしたんですか」
「『星海坊主』でさァ」

通称エイリアンバスターと呼ばれる第一級危険生物を駆逐する宇宙の掃除人で、掃除人の中でも最強と謳われた生ける伝説である。数多の惑星国家にも顔が利き、星々でエイリアンを狩ってきたがためにそんなあだ名が付いた。

「星海坊主が言うには、江戸にエイリアンが逃げ込んだらしいですぜ」
「入国管理局は何をしてるんですか…」
「仕方ありやせんよ。何でもそのエイリアン、人や動物に寄生する『寄生型エイリアン』で、寄生されてるかは目の下の隈で見分けるしかないんでさァ」
「なるほど、局員は寝不足の人だと思って見逃してしまったんですね」
「単純に見分け方を知らなかっただけだと思いやす」
「…入国管理局ってちゃんと仕事してるんですか?」
「してねえからエイリアンやらゴキブーリやらが入って来るんだろィ」
「あー…今なら分かる気がします、ターミナルを破壊したい攘夷浪士の気持ち」
「まぁ、そういうことで星海坊主が江戸に来てるんでさァ」

司令室の前を通り過ぎると、近藤がマイクを片手に「パンダだ、パンダを探せ」と叫んでいた。屯所内は静かで、隊士達は皆、エイリアン探しに繰り出したようである。

「沖田さんは良いんですか?」

エイリアンの侵入は入国管理局の問題だが、エイリアンが町で暴れるようなら真選組が対応しなければならない。大事になる前にと近藤は動いているようだが、沖田は畳に座り、TVを見始める。

「エイリアン探しに行かなくて」
「TVってのは便利でねィ。マスコミが情報を集めて提供してくれるんでさァ」
「…一般市民はエイリアンを撮影して、警察は安全圏で待機ですか」
「一番安全圏にいるのはてめえだろィ」

沖田の言葉に、雨月は柄にもなくイラッとする。安全圏…確かに前線に出ず、引き籠って書類仕事を行なっている雨月は、沖田達と比べ何十倍も安全である。しかし、それが特命係の仕事なのだ。特命係は原則、前線に出る事を禁じられている。御上が雨月の身を案じているからだとされているが、実際は雨月に動かれると困る輩が多いからである。上は、雨月の正体を知っている。裏切りに走らぬよう、行動を制限しているのだ。
その命令に逆らって好き勝手行動していた時期もあったが、真選組に異動になってからは多少、大人しくなった。何故なら、真選組が想像以上に正義感のある集団だったからである。誰もが見て見ぬ振りをしていた煉獄関に手を出したのだ。その行為は、雨月の信頼を得るには十分であった。

煉獄関を封鎖した夜、雨月は沖田にたくさんのことを問われた。煉獄関を知っていたのか。どうして自分を土方に咎めさせたのか。道信とはどんな関係だったのか。雨月は、その質問全てに答えた。沖田は、昔の雨月だった。自分の正義を信じて疑わない。貫いた正義の先に、どんな残酷な結末が待っているかを知らない、純真な子供である。故に、これを機に学んで欲しいと思った。『正義』は、単に思想に過ぎない。変幻自在に形を変えて人の上に漂い浮かぶ雲のように、立場や状況、文化、人種が異なれば『正義』の定義は変わるものなのだ。

「沖田さん、世界が残酷なのは今に始まったことではありません。それに慣れろとは言いません。賢く生きろとも言いません。事実を知り、理解し、受け入れて、その上でもがき苦しんでください。決して『犠牲の上に成り立つ正義』などと諦めないでください。全力で『正義』に向き合ってください」

沖田は眠ってしまっていた。それでも雨月は、話し続けた。

「あなたの『正義』は正しかった」

そんな話をしてから、彼らを信じたのは誰だったか。桂を捕まえようと躍起になっていたのは誰だったか。雨月は、寝転ぶ沖田を踏み付けた。

「ちょ、何する…」
「いいでしょう、そう仰るなら僕がエイリアンを退治します」
「え?」
「あなたはそこでTVでも見て…」

その時、TV画面に寝不足の僧侶が映る。

「…パンダだ」

マスコミの報道によって、エイリアンに寄生された僧侶が銀行強盗を行なっていることが分かり、雨月と沖田は近藤に報告を入れた後、共に『大江戸信用金庫』へ向かった。



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