くすぶった視界が、彼だけをしっかり捉えて網膜に焼き付ける。顔に落ちてくる雫は塩辛い水で、彼はわたしを見おろしたまま動かない。あれ、アントーニョ。
「泣いてるの?」
口から言葉と共に出た大量の血が彼の小麦色の肌を染め直す。降ってくる塩辛の量は増して、まるで私も泣いてるみたいに頬に流れ落ちる。やだよアントーニョ。かっこよくないよ、男なのに。割れた唇を細い指が何度も往復するから、恥ずかしい。(アントーニョの手、きれい。)
「泣いてなんか、」
あらへん。は、しゃくりあげた彼の声にかき消された。泣いてるじゃん。バカ、訳わかんないよ。
「どうしたの?」
そう聞くと、緑の目を見開いて私に覆いかぶさった。不思議と、あるのは暖かみのみで重くはなかった。
「何で平気なん!?どうしたのやあれへん!!」
すごい剣幕で怒鳴られて、私は呆然とした。なんで怒ったの?泣いて怒鳴って掠れた声は、叫んだ。
「うあぁぁああぁ!」
子供みたいに泣き叫ぶ彼の頭を撫でれば、視界は彼すらも映さなくなった。ぼんやり、そう、まるで目に擦りガラスを付けてるみたいに視界がにじむ。目をゆっくり瞬きさせているうちに、彼の叫び声が遠ざかっていった。世界と隔絶された気がして、手繰り寄せるように耳を澄ませた。アントーニョが囁いた。
「俺も、死ぬ!」
神様が会いに来たあぁ、私が死んだからアントーニョは泣いてたんだ。
▽ あとがき 0808
どこまでが現実なのか。
死んだから泣いてるのに、会話なんておかしいですよね。