成×御

□「かわいい」
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「かわいい」


御剣は偉そうで我が儘で、でもかわいい。
結局プライベートではぼくの方が一枚上ってことのかな。
残念でした、検事様。こればっかりはきみの恋愛経験の少なさが響いたみたいだね。
ぼくを照れ隠しに拒絶してみたり、精一杯誘ってみたり。ぼくを振り回して主導権を握ってると信じてるきみは、かわいい。…
夢うつつで時計を見ると、長針は起きる予定より180度回転している。
やばい、こんな時間。
飛び起きる。隣に寝ていたはずの温もりは無かった。その代わり、残されたシーツのへこみと聞こえてくるシャワーの音。
ベッドの下は脱ぎ散らかされた服だらけだ。まとめて洗濯機に放り込んで、風呂場の曇りガラスに向かって怒鳴る。
「御剣! お前の分も洗っとくから!」
水音が止まって御剣が風呂場から顔を出した。髪から水が滴っている。均整のとれた白い裸の上半身のサービスショット付き。
天才検事・御剣怜侍、今日も色男だ。
「何だ?」
水音でよく聞こえなかったらしく、首を傾げてくる。
「洗濯物」
御剣の分も掲げてみせると、御剣は、ああ、頼む、と言うと、しばらくぼくの顔をまじまじと見た。
え、何、何か変? そう聞こうとしたら、ぼくが口を開く前に先回りされた。
「……髭を剃れ」
検事様は偉そうにそうのたまうとまた風呂場のドアを閉めた。脈絡ないな。何だ突然。
中からくぐもった声が聞こえてくる。
脱衣所空いたら言ってくれたまえ。着替えができない。
ぼくは思わず笑う。別に気にしなくたっていいじゃないの。昨夜は嫌というほど恥ずかしいところまで見ちゃったんだからさ。照れ屋さんだなぁ。
そう思ったが口には出さず、はいはい、とだけ言ってぼくは自分の身支度に取り掛かることにした。

食パンと目玉焼きで適当に朝食を済ませると、並んで洗面所の鏡に向かう。
狭いから交代で使うようにはしてるけど、やっぱり出かける前は混んでしまう。御剣が先に髪の毛を整えていたので、鏡の隙間を使わせてもらう。
ブラシでさらさらな髪を撫でつける御剣は、今日もきれいな真ん中分け。
「お前って髪型かっちりしてるよな」
まだ若者って年なのに。ワックスで頭のとんがりを強調させながらぼくが言うと、御剣はくるりと振り返る。
「きみは、日々とんがっているな」
ぼくの頭の束をつんつん引っ張ってくる。
こういうときのこいつは無邪気だ。あのう御剣さん、今整えたばっかなんですけど。目で訴えかけるぼくを無視して、御剣は、きみの髪は前から不思議だったのだよ、なんて言いながらいじっている。
思うさま触ると満足したのか、自分の髪をもう一遍撫でつけると出て行ってしまった。
「早くしたまえ。出かけるぞ」
ふふ。ぼくは思わず笑ってしまう。
こういう風に御剣から積極的にスキンシップがあると、心を開かれたんだなぁとしみじみ嬉しくなる。気難しい猛獣を手なずけたみたいだ。そんなこと言うと怒られそうだけど。
普段でも、ベッドの中でも御剣はぼくに甘えるのをよしとしない。でもこうやってはっきりとぼくへの興味を示すことにはあまり抵抗はないみたいだ。
御剣なりの不器用な愛情表現なんだろうか。
かわいいなぁ。

朝の駅はみんな眠そうだ。
ぼくだって眠い。目がつらい。でも御剣と同伴出勤、なんて素敵な時間を寝たらもったいない。今日はぼくも御剣も裁判所に寄ってから仕事場に行く予定だからだ。
次の電車までまだ間があって、ぼくらは駅のベンチに並んで座る。いつもはぼくに体力がないのを見ると、ジムに行けだのエレベーターの利用をやめろだのうるさい御剣だが、今日は大人しく腰掛けている。
残念だったな、御剣。今日はお前も寝不足でつらいはずだ。…ぼくも、なんだけど。
電車は混んでいたが。運良く端から二つ分席が空く。
御剣が他の人と触れ合ったりしないように、さりげなく端っこの席に座らせて、自分はしっかりその隣を確保する。向かい側に座るOLの視線が御剣に向いている。
ああ、まったく。こいつ、かっこいいからな。男としては悔しいな。
御剣は気づかずにのんきに長い足を組んだりなんかして、居心地のいい体勢を模索中だ。寝る気満々だ。この鈍感め。
目を閉じた御剣の頭が、こてりと手すり側に傾いた。
寝るならぼくに寄り掛かればいいのに。恨めし気な一瞥を送ってみる。その目は無情にも閉ざされたままだ。電車が都心に近づく。電車は相当混んできた。人が目の前でぎゅうぎゅう詰め込まれていくのを他人事のように眺める。座れてよかったな。
鞄にかかっていた両手のうち、右手がぽとりと座席、ぼくと御剣の間に落ちた。ぼくは御剣を見つめる。手すりに体を持たせかける御剣の目は閉じられていて、相変わらず眠っているようだった。ぼくはちらちらと前、左右に視線を走らせて、そっと自分の鞄を膝の上から御剣側にはみ出させた。白い御剣の手は見えなくなる。鞄の陰で、その手を握る。
温かかった。
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