成×御

□Angelo Rosso
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成歩堂は私服姿の御剣をあらためて眺めて、思わず溜め息をついて言う。
「御剣、お前もてるだろ」
「特にそう感じたことはないが。急に何だ」
表情を変えずに言う。腹が立つくらい余裕を見せる返答。想像通り御剣はお洒落だった。
白黒のブロックチェックの長袖シャツを肘まで折り返し、前をとめないベスト。シンプルなごくごく淡い空色の細身のスラックス。ぴかぴか黒光りするシャツのボタンにはsince1898と刻まれてて、何だかよく分らないが高級そうな感じがした。
「いや、何となくさ。今日は何を買いに行く予定?」
「帽子が欲しいんだ。いつもは一人で選ぶのだが、たまには人の意見を参考にしたくてな」
成歩堂は少し驚いた。仕事一本の御剣のこと、何か仕事関係で必要なものを買いに行くのかと思っていた。まさかふつうの買い物に誘われるとは思ってもみなかった。
思わず足取りが弾む。これはいわゆるデート、と考えていいんだろうか。当然御剣にそんな気はないだろうが、それでも完全にプライベートであることには代わりない。休日に仕事とは何の関係もないことで御剣の隣を並んで歩けるなんて、降ってわいた幸福だった。
「お前の休日っていつもこんな感じなんだ」
ちらりとこちらに視線を流し、うム、と頷いた御剣のプライベートがもっと知りたくて、成歩堂は質問を重ねる。
「外出しない時は? お前って普段家で何してるの?」
「家にいるときはたいてい判例集を読んでいる」
「うわぁワーカホリックだなぁ……」
「そうかもしれない。まぁ休日は仕事関係で潰れることの方が多いな。こういう買い物はたまに時間のあるときしかできない」
「やっぱり今日みたいに服とか買うことが多いの?」
「服より紅茶やワインを集めるほうが好きだ」
「お前ってつくづくおしゃれなライフスタイルを地で行くよなぁ。前行ったお前んちも広告に載ってるモデルルームみたいだったし。あそこ高いだろ」
「まぁ君のマンションの比ではないな」
「失礼な奴。稼いでるからっていい気だな」
「そうでもしないとやってられるか。激務の報酬として当然だ」
高級取りの天才検事は偉そうに言い放つ。御剣はたまにこういう感じで検事の仕事を自虐的に冗談にする。そういえば前に審議中に熱くなって、お盆を運んで札束がもらえるなら誰が検事などやるものか!と叫んだこともあったよな、と思いだして成歩堂は可笑しくなった。そんなことを言いながら休日に進んで仕事をするくらい自分の職に誇りを持っているくせに。
ちらりと隣の御剣の横顔を盗み見る。御剣は楽しそうだった。大通りをどんどん歩く。
「どんなのが欲しいの?」
「ほんとうに何も決めていないのだ」
見えてきたデパートに入る。御剣は先に立ってエスカレーターで目的の階まで上る。
いらっしゃいませ、という店員の声を聞きながら御剣についていって帽子売り場に足を踏み入れた。御剣のことだから高い買い物をするんだろう、と思って値札をちらりと見たが、案外庶民的な、五桁まで行くには余裕がある値段である。
通路から入ってすぐの棚の前で立ち止まり、御剣は真っ赤なハットを手にとった。
「これはどうだろう。使い道が狭いかな」
「あぁー…そうかもね」
成歩堂はちょっと自分が情けなくなった。彼は身だしなみにはそこまで気を使わない。
「ごめん、ぼく帽子に関してなら多分いいアドバイスなんてできないよ」
「では何に関してならできるのだ?」
「…うーん、Tシャツとか」
御剣は高慢そうに鼻で笑ってやれやれといった体で首をふる。
「最初から君に優秀なスタイリストなんて求めていない。君は世間話要員だ」
「……はぁ?」
「君の仕事の一つは私の選ぶ帽子に君ならどう思うかを答えること。二つめは」
「お客様、何かお探しでしょうか」
突然ぼくらの会話に店員が割り込んできた。御剣は声のトーンを落として続ける。
「これの対応だ」
ああ、御剣はこれが苦手なのか。意味が分かった成歩堂はおかしくなる。お洒落でかっこよくて頭もきれるあの御剣怜侍は、デパートの店員とのただの世間話が苦手なのだ。
成歩堂は御剣と店員の間に割り込むようにして会話を引き受ける。
「すみません、実は今日のところは特に買う予定もなく来たんですよ。外があんまりにも熱いんで思わず入っちゃって…」
「えぇ、ほんとうに今日は真夏みたいですよね。そういうお客様もたくさんいらっしゃいます」
「だからせっかくだし、片っ端から見るだけ見ていこうかなぁと」
「ご自由にお試しくださいね。何か御用があればお申し付けください」
店員はにこやかに笑って離れていった。御剣は珍しく賞賛の目で成歩堂を見る。
「君は上手いな」
こんなことで感心されるのか、とまたおかしくなりながら成歩堂は御剣に説明した。
「見るだけって言ったら大抵すぐいなくなるよ」
御剣はなるほどな、と妙に素直に頷く。
御剣は本当に何も決めていないとの言葉通り、種類にこだわらず片っ端から見ていった。すべての帽子を見る決心なのだな、と思って成歩堂は腰を据えて付き合う覚悟を固めた。
彼はひとつひとつの帽子を見ていたが、実際かぶるものはそう多くはなかった。棚の前で立ち止まり、中からお眼鏡にかなった一つか二つほどを選び出す。手にとってじっくりと眺め、半分ほどは戻してしまう。
成歩堂は御剣が手にとったものや、実際かぶったものについていちいち意見を言わされた。彼を正面からゆっくり見つめる口実ができて嬉しかった。
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