成×御

□Angelo Rosso
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Angelo Rosso

自分が御剣を過剰なくらい好きになってしまったことに気づいたときにはもう遅かった。
成歩堂はショックでついに一晩中一睡もできなかった。
成歩堂は自分は異性愛者だと思ってきたし、今でもそうであると自信を持って言えるはずだった。もし彼の友人にして好敵手たるあの御剣怜侍がいなければ。
ぼくが今まで出会ってきた人たちが全員xy平面上にいるとしたら、御剣はふっとz軸上に現れて1人泰然と天から見下ろしているんだ、と成歩堂は矢張に言った。変な例えだけど、それくらい他の人たちとは次元が違う、全く比べものにならないんだ。このんで好きになったわけじゃない、好きになる以外選択肢が無かったんだよ。
矢張はちょっと黙ったが、答えに困ったのか、まぁ突然上空に出てくるなんて反則だよなぁ、なんて意味の分からない同意を示した。
成歩堂の頭の中にはふと変なイメージが浮かぶ。背中に大きな白い翼の生えた天使の御剣がぼくら人間たちを見下ろしている。ギリシャ人が着ていたような赤いトーガを身に巻きつけ、偉そうに腕を組んで、人差し指を神経質そうに動かしながら罪深い人間たちを裁いていく。
半目で見下す、白いハンカチを銀糸のレースが縁取るみたいに、銀色の睫が薄い瞼を囲んでいる。
情の無さそうな真一文字の薄い唇。
やつのプライドを具現化したギリシャ人みたいな高い鼻。
絶対優しい天使ではないだろうな、と思った。きっと性悪で、助けてっていう人を鼻で笑ったりするんだろう。ひとり、違う次元から。
なぜここまで詳しく男の顔の造作なんて思い出せるんだろう、しかも天使みたい、とは。自分の重症ぶりを再確認した成歩堂は困り果てて笑うしかない。
成歩堂はひどく狼狽していた。世界は以前と全く違うものになってしまったから。がらくたの多いおもちゃ箱から、キャンディボックスみたいに、甘ったるくザラメでコーティングされたカラフルなものの集まりへ。
きっと性悪な御剣は空から色とりどりのシロップをぶちまけたに違いない。そこにいる人間の迷惑なんて何一つ考えずに。

「買いたいものがあるから付き合ってくれないだろうか」
警察署資料室で御剣に資料探しを手伝わせてしまったのはつい二日前のこと。成歩堂が、今度何かおごると彼にいうと、御剣はそう言った。
「今度の週末は空けるように」
上司のような横柄な命令が降って来て、ぼくは思わず頷くしかなかった。
御剣の指定した待ち合わせ場所は都内有数の繁華街の駅前。
梅雨明けの六月の空は日差しが強かった。
真上から降る太陽光が道行く人、車、建物をすべて一際鮮やかに見せている。スクランブル交差点の横断歩道の白、ビルの側面に大きく貼られた広告のショッキングピンク、ショーウィンドウの中の服の黄色、どうして初夏はこんなにもすべてをきらきらさせるのだろう。
こないだおろしたばかりのちょっといいポロシャツが柔らかく成歩堂の肌に馴染み、約束の時間までまだ間があるというのに自然と小走りになった。先に行って待ちたい。
駅前の噴水には待ち合わせをする人が多かった。噴水のしぶきの中小さな虹ができている。
成歩堂はすぐに目的の人物を発見した。
意外だった。御剣が先に来て自分を待っているなんて。走ってきたせいだけでなく動悸が早かった。
ややうつむきがちに立っていた御剣が、何気なくこちらを見て、成歩堂に気付きゆっくりと顔が上げる。強烈な日光を反射する噴水を背景としたそのスローモーションは、眩しい太陽の光で成歩堂の瞼の裏に焼きついた。
成歩堂はやあ、と手を挙げて歩み寄る。
御剣は眩しそうに目をすがめてこちらを見て、腕時計に目を落とした。
「思ったより早いな。きみは遅刻してくるかと思った」
「それはぼくのセリフだよ。待った?」
「いや。待ったとしても私が勝手に早く来ただけだから」
御剣らしい返答。行くか、と背筋を伸ばす御剣にいつもと違う印象を抱き、そういえば私服をはじめて見るな、と思った。
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