成×御

□プレイルーム
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プレイルーム

ぼくは愛するのが下手だ。
2人だけで一緒に暮らす、そんなありきたりな幸せを望んでいたのがやっと叶ったのだ。ここ、異国の離島にある海辺の家で。御剣はここからの去り方なんて知らなくていい。
「飽きた」
御剣が波打ち際からこちらを見ていた。ぼくが用意しうる限り上等な上質な白いシルクシャツと、夜の白砂のような淡いグレイのスラックス。裾は濡れ、白い砂がついていた。
ぼくは彼を見つめ返さざるを得ない。あの灰色の瞳。光が失われた瞳。御剣と目を合わせるのはもはや苦痛になっていた。ぼくは御剣から燃えるような光を失わせてしまったのだ。罪悪感で胸が焼かれる、でもぼくはどうすることもできない。
ここには色が少ない。砂の白、海の青、僅かな植物の緑。ぼくらは風景に溶けこんでしまいたくてそれら色の服を着た。ぼくらの家も真っ白な石造り、はじめてここに来た時エーゲ海で見た家に似ていると言って御剣は喜んだ。
ここが唯一違う色に塗りつぶされるのは夕暮れ時だ。だから夕方には御剣を外に出さない。平和なところだが、この時間帯だけは外が不吉な色に染まるから。空も海も浜もすべて真っ赤に燃え上がる。光が差し込むような隙間はいちいちテープを貼って塞いでしまった。あの赤からいらぬことを思い出したりしないように。
ここには誰も来ない。ぼくと御剣2人だけの天国だ。
御剣はぼくが何か答えるのを待って何も言わずに見つめてくる。人形のように無表情。
御剣の瞳の色は、不思議なことに周りの色に合わせて徐々に淡くなっていっているようだった。彼は色素が薄いのでもとから濃い黒ではなかったが、前はこんな灰色の瞳はしていなかった。虹彩が淡いせいで中央の瞳孔の闇色が一層際だつ。その瞳孔はこんなにも暗い色をしていただろうか。
「ここに君の好きな本があるよ」
家のテラスに座るぼくは、持っていた分厚い本を掲げて見せる。御剣は首を横に振った。まったく心を動かされなかったようだ。
「もうそれは読み飽きた」
そうだろう。ここにある本など限られている。御剣はそんなものは退屈しのぎに百ぺんくらい読んでしまっているだろう。
「じゃあさ、破いてみるとか」
「そうだな」
適当に言ったつもりなのに意外なことに御剣は同意した。
御剣はゆっくり浜辺に一対の足跡を刻みながらこちらに歩いてきた。
色素の薄い髪が風に弄られて綺麗だった。あいかわらずその目は表情を宿さず暗いまま。ガラス玉みたいだ。
すぐには手渡さず訊ねた。
「そんなことしていいの?」
「どうして」
どうして、って。人形か、小さい子にでもなっちゃったみたいだ。
以前のきみは大事な本を退屈しのぎに破ってみるなんてことしなかっただろう。また胸が疼く。
「いや、別に。……御剣」
彼の白い手に本を握らせてやる。そして乱れた髪を手櫛で撫でつけてやり、軽いキスをする。顔を離すと彼は唇だけでかすかに微笑んだ。ぼくは言う。
「御剣。ぼくは君を一生愛して、君からも一生愛されるなら死んだって構わない」
いつもぼくが彼に言う言葉だ。毎度毎度心から。御剣は黙ってうなずいた。
彼は本を手にしたまま再び砂浜に戻っていく。


ぼくらがあの住み慣れた街での居場所を失ったのは突然だった。
そして、ぼくはどんなことがあっても御剣を連れて逃げなければならないと知ったのも突然。
何者かがぼくと御剣が付き合っていることをマスコミにリークしたのだ。かねてから天才検事として名高かった御剣と、芸能人の弁護や逆転無罪判決でそこそこ知名度が上がっていたぼく。ぼくらの想像以上に大々的に取り上げられることになった。
ぼくらの想像は本当に甘かったのだ。
世間はぼくらを許さなかった。同性愛、弁護士と検察官。ぼくらの恋愛は二つもタブーに抵触していた。ぼくらのもとには嫌がらせの手紙や電話が来るようになった。下卑た内容の憶測が週刊誌や新聞やテレビで取り上げられた。一番苦しめられたのは検察・弁護士間の情報漏洩疑惑だ。ぼくが勝訴した事件にはすべて検察からの情報漏洩があったという嫌疑がかけられ、捜査もされた。
でも、ぼくだけだったらそんなこと我慢するのはたやすいことだったのだ。
御剣のほうが風当たりはきつかった。天才は敵意を抱かれやすかった。職歴の長い彼のほうが叩くネタも多かった。御剣の過去は幼少期から狩魔に支持していたときのことまで詳細に渡って調べ上げられ、心無い好奇の目や悪意に満ちたバッシングに晒された。
検察は残酷だった。御剣は査問会に呼ばれ徹底的に取り調べられた。私生活も監視がつきぼくらは会うことができなくなった。
結局情報漏洩問題は証拠が上がらず沈静化した。ぼくらはもちろんそんなことはしていなかったが、疑いを持たれそうなものを全て処分した御剣の功績だった。
あとは報道のほとぼりが冷めるのを待つだけだ、とぼくは思っていた。本当に甘かったのだ。
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