成×御

□ギブス
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ギブス

シャツにクラバット、歯ブラシにヘアムース。
成歩堂はいつも御剣がいた証しを欲しがる。御剣がいたことを思い出せるように、と。
御剣はいつもそれを嫌がる。
もしその記憶が夢にすぎなかったら? あるいはある日突然記憶を失ったら?
そんな証拠品は全てがらくたにすぎなくなるではないか。明日のことは分からないのだから。

「御剣がいない間思い出せるものがないと寂しくて堪えられないよ」
捨てられた子犬みたいな目をして言う。それを言われると御剣は弱い。成歩堂は目が丸くて大きいから狡い、と思う。
成歩堂はやや性的に倒錯した趣向を持っているのではないかと御剣は考えている。
週末互いの家に泊まって帰るときには着ていたシャツを置いていってくれと頼まれる。御剣の残り香を楽しみたいのだと。はじめはにべもなく断っていたのだが、今ではもはや恒例となり、次に御剣が成歩堂の家に行ったときに返される、というサイクルができあがってしまった。仕事帰りにそのままスーツで行くことが多いので大抵は白いシャツかクラバットを渡している。汗が染みたりしていないか心配なので金曜日には洗い立てを下ろすことにしているが、成歩堂はそれには否定的だった。ぱりっとしたやつじゃ意味がないんだよ、と文句を言われる。帰り際に置いていくシャツにあらためてコロンを一噴きすることで互いに妥協しているが、それでも成歩堂は御剣の体に馴染んで時間が経った香りとは微妙に違う、と不満そうだ。一度下着を要求されたときはさすがに殴り飛ばしてしまった。しかしこの間などは週中なのに徹夜明けの次の日の夜に強引に抱かれ、そのままシャツを奪われた。
今のところ引き分けだな、と思い出しながら御剣は、クローゼットの前で成歩堂のために買い足したため枚数の増えてしまったシャツを眺めながら苦笑する。まさかとは思うが自分の家に侵入して取って行ったりはしないかと考えて、この海外出張にまで持って来てしまった。
成歩堂は御剣の持ち物、特に服に関して執着を示した。
借りたがるだけではない。彼は服を破るのを好む。服を着たままの御剣を抱くことを好む。気に入っていた服を破かれた時はさすがに腹が立った。結局破られた服は使い物にならないのでそのまま彼に与えている。体良く(いや決して良くはないが)奪われているだけかもしれない、と御剣は思う。
なぜそんなに私の服が好きなのだ、と聞くと、成歩堂はお前の匂いが移ってるから、と答えた。御剣の使う香水が時間と共に御剣の体に馴染んで変化した、その匂いが好きなのだそうだ。
御剣が自分の使っている香水を買うことを提案すると、成歩堂は、それでは意味がない、と一蹴した。
一体意味とは何だ。私の置いて行った服を何に使っているというのだ。
「性欲処理か」
「えっ」
一度単刀直入に聞いてやったことがある。すると成歩堂は見ていて面白いくらいにうろたえた。目が泳いで冷や汗を滲ませて、いや、とかまぁ、とか口ごもる。分かりやすい奴だ。
「……まぁ、そういうことをしないわけでもないけど。お前、その辺の言葉選びに関しては恥じらわないよな……」
「嗅覚だけで興奮できるのか。きみみたいな奴のことをフェティシストというのだろうな」
ああ、フェチ? 成歩堂は開き直って笑う。
「確かにぼく、フェチかも。匂いっていうより御剣フェチ。本当は匂いだけじゃなくてエッチしてる時とかもビデオに撮って残したいんだけどね。お前許してくれないだろ?」
「当然だ。そんな恥ずかしいことが許せるか、この変態が。絶対にそんなことは許さない」
御剣が断固とした態度ではねつけると、恥ずかしがり屋さんだなぁ、と成歩堂は歯を見せて実に爽やかに笑う。言動の不一致が甚だしい。
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