□逢魔が刻
1ページ/35ページ





魑魅魍魎蔓延るその昔。
ある鬼の一族が存在した。


妖怪共を率いてはたびたび都や村々を襲い、数多の民をその歯牙にかけたという。また、刃向かう人間達には迷いもなく死を与え、怯える者も容赦なくその手で屠っていった。
未曾有の妖気渦巻く地上は常に曇天雷雨に見舞われた。農作物はみな枯れ果て、新たに蒔いた種も一向に芽を出さない。人々はいつ来るのかも分からぬ悪鬼妖怪の襲来に常に怯え苦しみ、果ては病に倒れるという悲惨な毎日を余儀なくされていた。
都ではいつでもどこかしらの小路で鬼共が蠢き、日に必ず誰かが命を落としていた。人々は外に出ることも儘ならず、往時は活気に満ち溢れていた道はその面影をどこにも留めていない。
そうして異形の者共が我が物顔で往来を跋こし、現世を血と恐怖と悲しみで満たしていった。


この無惨な有り様を見るに見かねた時の帝は、悪鬼征伐のために力ある修験者や徳の高い僧侶、陰陽道の心得ある者を全国各地から都に呼び寄せた。
これが異形の者共との本格的な戦いの幕開けである。
悪鬼魍魎と人間の戦いは熾烈を極め、長きに渡り至る所で展開した。昼夜を問わず、天候や地形も厭わない。
戦を重ねる度に、異形の者共にも人間達にも数え切れないほど多くの犠牲が出た。
その戦いも時を経るにつれ、術式の発達や凄まじい力を持つ者の出現により人間達が優勢の様相を呈し始める。やがていつしか異形の者共は徐々になりを潜めていき、人間達の生活の場から少しずつ後退、排除されていったのだった。


それから経ることさらに数百年……。


村の外れの深い竹林のそのまた奥に、人目を忍ぶように一軒の瓦葺きの住まいがある。
庭先には、まるで何人の侵入をも拒むかのように、赤々と彼岸花が咲き乱れている。


ここには、
先の戦いでその驚異的な力を揮い、先陣をきって戦った妖鬼一族の、
最後の末裔が、
独り、その生を長らえている………







深い木々の間で闇が微睡む。
鬱蒼と緑生い茂る暗き夜の森の中を、一陣の風の如く颯爽と駆け抜ける者が、一人……。
落ち葉の積もる地上ではなく、濃く色付き始めたばかりの青葉も静かに眠る木々の上を。
身のこなしは至極軽やかに、その動きには一縷の迷いも見られない。

「ふふっ……」

木から木へ、枝から枝へ、それはそれは楽しげに。
伸びやかな線を持つ引き締まった四肢は青年らしい躍動感に溢れ、逞しい裸足の足が力強く枝を蹴る。
枝のしなる反動でその驚異的な跳躍力をさらに高め、次の木の枝を伸ばした手でしっかと捕らえる。
この森で一番大きくて高い木を見つけると、上までスルスルと登り上がり、てっぺんまで来たところで一息つく。
月夜の晩に散歩をするのは彼の日課みたいなものだったが、今宵は満月とあって特に気持ちがいい。
偶然見つけたこの木の上は、今日から彼の特等席。
気持ちのいい風が上空を吹き渡る。
軽く腕を組むと、身体をゆったりと幹に預け、夜空に浮かぶ満月の美しさに酔いしれる。

「あぁ、この月夜のなんと素晴らしいことよ…」

艶めいた声を漏らした唇が満足そうに笑む。
眼下に広がるのは広大な森。それ以外、見渡す限り何もない。何とも言えぬ解放感!
月は、いくつかの星を従えて、薄雲の羽衣を纏いつかせながら宵闇の中に楚々と輝く。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ