きみのこえ

□day 9
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     きみのこえ
−day 9−





朝になってしまう。
そう思うと焦る。
今から寝れば4時間は眠れる。
そして起きて30分で用意を済ませて家を出れば、ぎりぎり仕事には間に合う。
パソコンの電源を落とし、布団に潜りこむけれど、カチカチ言う時計の針の音が頭に響いて眠れない。
また起きて、パソコンの電源を入れる。
そのまま朝まで起きているのが段々当たり前になって来た。
私が会いに行った前の日曜日から、大和は試験勉強を本格的に始めた。
私が高校時代に使っていた参考書などを持って行ったり、過去問題としてホームページに掲載されている問題をプリントアウトして持って行ったりもした。
騒動は一向に結末を得てはいないけれど、毎日起こる悲惨なニュースや喜ばしい芸能ニュースなどにいつの間にか覆い隠されている。
それでも最終的な結論には辿りついていないので、ヤマトのメディア露出はずっと自粛方向。
写真集の予約も騒動以降ぱったりと止まり、最終的な販売目標に到達するか否かというぎりぎりなところだとキタさんが苦い顔をしていた。
それでも着々と水面下では写真集販売の為の販促ルートが計画され、それに付随する形で全国ミニツアーも開催されることが決定した。
写真集を購入した人を招待してのライブになるので、これも販促の一部らしい。
私は自分でそのライブで着て貰う衣装を作りたいとキタさんにお願いした。
どうしてそんなことをしてしまったんだろうと、今はちょっと悩んだりもしている。
決して自信があるわけでも、またそれを言った時にあったわけでもない。
私にできる何かがないかと思った結果、それしか頭に浮かばずに、口に出してしまったというのが正直なところ。
考えてみれば私はプレッシャーというものに対面したことはなかった。
競争心が根本からなく、勝敗に一切の価値を見い出せない。
そんな私は誰からのプレッシャーを受けることもないままきてしまったので、今更ことの重大さに目が冴えて眠れず、焦りと困惑で初めて胸がドキドキしている。
アイドルのDVDも写真集も雑誌も、とにかく目を通せるだけ通した。
何枚かざっくりとデザイン画をあげたりもしたけれど、どれも納得のいく内容にはなり得なかった。
正直どうして良いかわからないというのが現状で、その不甲斐なさにがっかりする。
キタさんは笑いながら、採用するかどうかはわからないからと言っていたけれど、採用されないにしても力いっぱい全力を出し切りましたとせめて言えるものにはしたい。
でもそうなるためにはどこまで頑張ればいいんだろう。
駄目でも諦めて笑顔で泣けるなんて、どれだけ振り絞れば私にできるんだろう。
後悔はしたくない。
採用されなくても後悔しないなんて、私にできるんだろうか。
考えるほどわからなくなって、もういっそ考えずに何枚もデザイン画を書いてみるけれど、結果はゴミ箱を溢れさせるだけ。
布屋に入ってもイメージが固まらない。
DVDや写真集は見れば見るほど、盗作に近いイメージの踏襲にしかならない。
どんな服がヤマトに似合うのだろう。
眩暈がするほどの朝日というのは、カーテンの隙間から零れるそれでも、十分目覚まし代わりになった。
ふらつく頭で仕事をこなし、仕事中も休憩中も帰り道でも、一瞬ひらめく何かの糸を手繰るべく、どこでもノートを開いてメモをする。
それが何かに繋がったことは今のところないけれど、最終的に何かのヒントになれば良いと思っている。
可能性は、多分、限りなくゼロに近い。
心の中に何もなくなって行くのを感じる。
これは無気力なのか、絶望なのか、ただ自分の不甲斐なさにがっかりしている気持ちの延長なのか。
私には、それさえわからない。
親子連れの多い公園のベンチに座り、私は半ばやけになりながらまとまらないイメージを描いていた。
いつの間にかシャープペンの芯がなくなり、紙をひっかいてしまったので手を止めた。
親子連れどころか、人さえいなくなっている。
私一人になっていることにさえ気がつかなかったのは、集中していたからではないと思う。
ただただ、目の前の紙に何かを描くことで心の安定を図っているのだろう。
だからイメージも何もない、それは落書きでしかないのだろう。
もう溜息も出ない。
どうしようか、これから。
キタさんに、やっぱりできませんでしたと言えば、少し笑って気にしないでと言われるだけだろう。
そこに心苦しさはない。
大丈夫、プロの人に任せて。
そんな風に優しい笑顔を見せられたら、私はきっと納得して、そこで終わる。
終わった後のことは、想像できない。
やると決めた、そう言った。
それならせめて、自分にだけは負けたくない。
他の誰に負けても良い、でもせめて自分にだけは。
ぎゅうと握った拳の中で、伸びた爪が食い込む。
情けない、情けない、情けない。
どうしたらいいのか、本当にわからない。

「みいくん」

はっと顔をあげると、帽子を目深にかぶった人が立っていた。
顔はほとんど見えない。
分厚い眼鏡、襟を立てたジャケット、体型を隠すような全体的にだぼついた服装。
それでも私はその声を聞き間違えたりはしない。

「息抜きしよっか」

緩い笑顔を唇に描き、右手人差し指に車のキーをひっかけてくるくる回している。
大和はすっかり、いつもを取り戻して私を見下ろしていた。
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