きみのこえ

□day 7
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チャイムが鳴ったので、ドアを開けた。

「お帰り」
「ただいま!」

元気に言う大和は帰って来たそのままに、大きなスーツケースごと私の部屋に入った。
床にスーツケースを転がして、中身をざくざく取り出す。

「フランスのお土産って何が良いのか分からなかったから、みいくんにはエッフェル塔のペンダントにした!」

ブロンズ色のそのペンダントはとても可愛い。
可愛いけれど、こういうの、雑貨屋で見たことがある。
それもそう高い値段ではなかったような気がする。
これならもっと、フランスで売ってたポストカードとかのほうが情緒的だったような気もするのだけれど、上機嫌の大和にそんなこと言えるわけもない。

「あ、ありがとう!」
「あとね、あとね。何かいろいろ買ってきた! これとかおいしそうだから、買ったの。今から淹れようよ!」

フランス語でパッケージに文字が書かれているので淹れ方はわからなかったけれど、普通の紅茶と変わらないだろうと思って乱暴にお湯を注いだ。
ふわりと良い香りがしたので、きっと正解だったのだと思う。
何となく一般離れした業界人風の私服のまま、大和はほっこりした顔になる。
お茶を出すとあっという間に飲み干してしまい、おいしかったと既に満足してしまった。
私がちまちま飲んでいると、大和はテーブルに肘をついてリラックスする。

「一段落ついたから、しばらくお休み貰っちゃった」
「そう、良かったわね」
「写真集が刷り上がったら、販促ツアーに出るからまた忙しくなるって。だからその分の前借りお休みなんだって。キタさんに言われた」

休みに前も後もないと思うけれど、そう納得しているのならそれで良いのだろう。
大和の写真集に関しては一切の心配もいらないほど売り上げは期待できると思ったけれど、それはあえて言わないことにした。
販促を行ったから部数が伸びたと思う方が大和にとっても仕事にハリが出ると思った。
私はふとカレンダーを見て、大和に視線を送る。

「試験の受け付け始まったみたいよ」
「あ、うん。もう申込してる。今度はちゃんと受けるよ。受かると良いな」

はにかむような大和に、私は頷く。
毎日努力しているのだから、報われなきゃ嘘だ。
勉強なんて地道な努力こそ実るのだと、私は信じている。

「受かるよ、大和なら」
「えへへ。みいくんにそう言って貰えると、なんだかその気になっちゃう。結果出るまで、仕事は入れないってキタさんにも言って貰ったんだ。頑張らなきゃね」

写真集の発売は結果発表の後になる。
キタさんは休みの前借り、なんて不思議なことを言ったらしいけれど、実際は単純に勉強休暇なんじゃないかと思う。
キタさんだって、大和のおじさんと同じくらい、大和に高校を卒業してほしいと思っていたのだからそのくらいするはず。
写真集の発売を、もといそれ用の撮影をこの時期に持ってきたのは全てそのための伏線なのかもしれない。
ヤマトはプロフィールはもとより、その経歴をほとんど公開していない。
勝手な憶測でその人となりを形成させているのだから、順風満帆な人が突然長期休暇で仕事を入れなくなるなんて、またその憶測でもっていろいろ言われるに決まっている。
それなら海外での長期に渡る写真集用撮影を終わらせ、その後に控えている発売までの間に休暇を取り、発売と同時に全国を回る。
そういう単純で明確な、想像しやすい筋書きを用意しているのだと思う。

「頑張るよ、俺」
「無理しちゃ駄目よ。大和はいつも頑張ってるんだから。適当に力抜くことも大事」

私が言うと、大和は少しだけきょとんとする。
そうしてそれからほんの少しだけ笑って見せる。
華奢で甘いその笑顔に、こちらが溶かされそうになる。
写真集の為に変えられた髪型が、大和の雰囲気を変えているんだろうか。
潤んでいる瞳はコンタクトを長時間つけていたからなのだろうか。
熱っぽい言葉はヤマトでいた時間が長かったからなのだろうか。

「ううん、頑張らなきゃ。俺、追いつきたい人がいるから」

そう言って見つめる大和の本当の視線の先を私はまだ、知らない。



続く
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