きみのこえ

□day 8
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     きみのこえ
−day 8−





書店の朝は到着している雑誌や書籍の整理から始まる。
繁華街の、それも大型の書店であるので、その数はなかなか遣り甲斐がある。
各担当毎に商品を持ち出し、私は先輩に言われた通り、毎日雑誌を仕分けする。
冊数を確認する人、前の号を抜く人、平台を整える人。
およそ三名で一気に今日発売の雑誌を並べて行く。
開店までそう時間のない中で、今日も開幕ダッシュを決めるかと思っていた私の目に、ぞっとする文字が飛び込んできた。

「ヤマトに隠し子発覚! 陰惨なその結末」

指先がじんわりと温度を失くしていく。
文句が踊っている雑誌は政治経済も扱う週刊誌で、何度見てもその文字は変わらない。
呆然とする私の後ろから、先輩が何事かと覗き込む。
どうしたのと言いかけて、台車の上に積まれたままの雑誌に目を落とす。

「何これ、ヤバくない」
「嘘!」

続々と他の店員も何があったのかと集まり、騒然とする。
ああ、私はこれからこの雑誌を多くの人に売り、ありがとうございましたと言わなくてはいけないのかと思うと、目の前が真っ暗になった。



「完璧にやられた」

そう言ってキタさんは眉間に皺を寄せ、右手を握りしめて額に当てる。
怒っているのか嘆いているのか、はたまた悲しんでいるのか私に判別はできない。
ただただ苦しい顔をして、私の部屋でぐったりとしている。

「あの日から連日ヤマトの話題がニュースで流れてますよ」
「うちのヤマトくんはスキャンダルが今まで一個もなかったからね」

キタさんの言う通り、初めてのヤマトのスキャンダルということで連日マスコミはすごい勢いで報道している。
ヤマトの芸能界経歴を一からおさらいしましょう、というコーナーが毎日どこかの局で一度は流され、ニュースの度に後ろで流れるヤマトの歌は着メロの売り上げを伸ばす。
喜ばしいことではないのだけれど、損ばかりがあるわけでもない。
当然ファンも賛否両論で、ファンを辞めると言う人も中にはいる。
けれどその分、ニュースでヤマトのことを詳しく知ったという人の中には新たにファンになる人もいるというのだから、こちらも反応に困る。

「公式なコメントはFAXで送信したけど、やっぱり向こうはガンガンテレビに出てるしね。こっちの方が歩は悪いか」

キタさんの言う公式なコメントとは、いっさい事実無根であるということ。
私も雑誌やニュースで報じられる内容が、あまりにもおぞましくてきちんと見てはいないのだけれど、それでも見聞きする部分でおおよそのあらすじはわかっている。
キタさんが向こうと称するのは少年誌のグラビアを一度だけ務めたことのある、もう人気の陰りを紛らわせない20歳になってそこそこのアイドル。
その子が自分で週刊誌に売り込んだのだという。
要約すると数年前ライブ会場でヤマトに声をかけられたのがきっかけで、恋人同士になり、数度の肉体関係を持ち、子どもを授かったのだという。
しかしヤマトはそこで自分の人気に影響が出たら困るからと、グラビアアイドルにその子どもを堕ろすように約束させる。
グラビアアイドルは一時それを了承するも、やはり初めてできた子どもの命を奪うことなどできないと、出産する意向を伝える。
するとヤマトは激高し、腹を蹴り、階段から突き落とし、確実に流産するように複数人の男を呼びだして目の前で暴力を含めた強姦をさせたのだという。
結果子どもは当然のように残念な結果になり、グラビアアイドル自身も大けがを負い、先日まで入院していたのだという。
あまりの恐怖に今日まで誰にも言えませんでしたが、毎日ヤマトの顔を見るたびにこの事実を日本の皆さんに知ってほしいと思い、私は立ち上がりました。
だなんて涙ながらに語っていたので、私はテレビを壊しそうになった。
何が腹立だしいかと言えば、そんな事実無根のその話をマスコミ連中が鵜呑みにして電波や紙面で煽っているということだ。

「どう聞いても、趣味の悪い脚本にしか思えませんけど」

相手にする方がどうかしている。
悪態をつきながら私が言うとキタさんも深く頷いた。
大和は高卒認定試験のために長期休暇中だ。
もちろんそのことは一部の人しか知らないし、大和自身そのために長期休暇を貰っているのだという認識はない。
売れていないグラビアアイドルに仕事のスケジュールも優先させるべき仕事もない。
そしてもちろん、体面など気にする必要もない。
舞い込んできた取材の依頼に全てOKサインを出せば、当然ヤマトなどよりも電波に乗る率は高い。
そしてグラビアアイドルが喋れば喋るほど、ヤマトの正当なスポンサーは渋り、CMを自粛し、一瞬にしてヤマトの顔は電波からも紙面からも消える。
こういった一連の流れは偶然の産物なのか、悪魔のような計算によるものなのかはわからない。

「ヤマトもテレビに出るしかないんでしょうか」

私が言うと、キタさんは苦い顔をする。

「うまくヤマトくんが喋れたらそれも良いんだろうけど。人の噂もってやつだよね。根拠ないんだから、皆に忘れられるまでしばらく待つしかない」

確かに大和が饒舌に喋れるとは思いにくい。
今までもほとんど喋らず、話す内容と言えば自分の作品についてだけ。
もしそのキャラクターを優先して、ともすれば冷たいという印象さえ持たれかねない会見など開いてしまえば印象が悪くなるのは間違いがない。
かといって、キャラクターを無視してひたすら弁明に走れば、今はともかく今後の商品価値に問題が出る。

「しばらくこっちにも帰らないようにしてるから、美弥子ちゃん良かったら大和くんに会いに行ってあげて」
「キタさんは」
「僕が今行ってもしてあげられることなんてないから」

言いながらキタさんは立ち上がって玄関に向かう。
上着を羽織るキタさんに、私は困った声を投げる。

「そんなの、私も同じですよ」

けれどキタさんは少しだけ微笑むと、くるりと身体をこちらに向けて膝を曲げると私の目線に合わせる。
そうして私の腕にそっと触れて、ゆっくりと目を閉じた。

「美弥子ちゃんは特別だから」

言い終えて目を開けると、いつものキタさんの笑顔。
あっさりと大きく手を振って出て行かれてしまった。
私が特別と言われても、それはただ学生時代からの付き合いがあるというだけで、大和にとってこういう仕事がらみの時は切にキタさんの力を欲しているのだと思った。
とはいえ、キタさんからまさか会いに行ってと言われるとは思っていなかった。
ただでさえマスコミが今まで以上にヤマトの正体を探ろうとしている今、私が動くのはまずいだろうと連絡を一切取っていなかったのだから。
思いもかけない許可をいただいたので、私はばたばたと用意をして、化粧もそこそこに飛び出した。
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