きみのこえ

□day 9
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窓の外に流れて行くのは暗闇と同じくらいの人工的な光。
テールランプを見つめるのにも飽きて、サイドウィンドウから見える夜景を眺める。
私がもっと可愛い女の子だったら、綺麗だとか感動するだとか言えるんだろうけれど、ここ数日の睡眠不足が非常に重いパンチとなって脳を揺さぶる。
無感動のまま黙っていると、大和は明るい声を出した。

「言ったじゃない。根詰め過ぎは駄目だって。頑張り過ぎちゃ駄目なんだよ」

確かにその通りだ。
大和を見上げた時の顔は、当然自分では見えないけれど、どれだけ必死な形相をしていたかはわかる。
顔の筋肉が痛いのは、普段使っていないところを使ったからに相違ない。
首都高速は思ったよりも混雑はしていなかった。
どうやら帰宅は済み、車両の減る抜群の時間帯に当たったらしい。
緩やかに伸びて行く空港までの長い道を大和はのんびりと運転している。

「結構綺麗でしょ」

そう聞かれて、私は頷いた。
オレンジ色の蛍光灯はあまり好きではないけれど、今のこの時、この場所ならこの色以外に合うものを見つけられそうにない。

「うん。綺麗で、驚いた」

言葉に感情は入っていないようで、自分でも少ししまったと感じた。
だけどはしゃげないのだから、他のテンションになるのは難しい。
嘘をつくような場面でもないと思ったし、大和の顔をちらりと横目で見ても特に変わった様子はなかったので、もうそのままにしておいた。
ずっと向こうの空を飛行機が飛んでいく。
両翼のライトがちかちかと点灯を繰り返していて、冷めてるなりに興奮したりもする。

「こんなに綺麗だったんだね」
「そうなの。だからこういうの見ながら運転してると、前の車にぶつかりそうになったりするんだよね」

笑いながら大和は言うけれど、危ないったらありゃしない。
私は思わずサイドミラーで後方確認して、目視でもって全方位確認したけれど、今のところ事故に巻き込まれそうな距離に車体は確認できなかった。
ほっとして胸を撫でおろすと、ちらりと大和の顔を見た。
元気そうで、安心した。
大泣きしていたあの日から、毎日回復してはいたけれど、こうして改めて見てその元気さを確認すると嬉しい。
シートの背にもたれかかると得も言われぬ安心感が包み込んでくれる。
静かな車内は息苦しくない。
うとうととしていると、大和の声が聞こえてきた。

「あのね、無理しなくて良いんだよ」

ぱちぱち瞬きをして眠りから頭を引き戻すけれど、よくわからない。
ぼんやりしているのは長い間眠っていたからなのだろうか。
高速はどこも同じような風景で距離感が掴めない。
どこに向かっているのかさえわからないし、今どこにいるのかもわからない。
当然そんな状態で返事なんかできない。

「みいくん、仕事大変でしょう。だから俺の為に無理なんかしなくて良いんだよ」

心配そうな声に、どうして良いのか分からない。
よだれが垂れそうなほどの口元を押さえて、よく大和の言葉を聞く。

「衣装作るって、ものすごく大変でしょう。あの時の服は他の子が泣きいれて結局先生に作ってもらったじゃない」
「何の話」

結局、わからなくてそう聞いてしまった。
けれどその後、はたと話がわかった。

「ああ、劇のか」

大和に初めて会った時、私はクラスの出し物で使うからと衣装を作る係に任命されていた。
いや気が付いたらいつの間にかそうなっていた、というのは任命言わないのかもしれない。
押しつけであるとか、命令であるとか言った方が正しかったりするのだろうか。

「だって私一人に作らせるなんて、なんかあれはもうイジメの領域だったんだもの」

それで作るのを途中放棄した。
というのは少し語弊があるので少し補填すると、大和の持ってきていた再提出を命じられたエプロンの縫製を手伝った。
それからアイロンをかけて綺麗にできあがったところで満足して帰った。
数日後に、呑気な顔してできあがったかクラス委員に聞かれたので、一人ではとても無理よと大変そうな顔をして途中まで作ったそれを見せた。
まだこんなところなのと委員は怒ったけれど、当然自分では作れないので先生に相談に行ったらしい。
今まで誰がここまで進めたの、あと少しじゃないと先生に言われ、再び私に縫ってくれと言いにきてくれたけれど丁重にお断りした。
まだこんなところ、なんていう言葉にひどく傷ついてとてもミシンを見る気にはならない。
そう言って俯くと、周りにいた数名の女の子たちが私のことを庇ってくれたりもした。
今考えると多少なりとも性格が曲がっていると思えなくもないけれど、ともかくそんなこんなで委員を中心に数名で先生に泣きを入れて、先生に作って貰ったのだと後で聞いた。
教えてくれたのは私を庇ってくれた女の子のうちの誰かだったけれど、残念ながら顔も名前も忘れてしまった。
何年も前の話だし、特別な仲にはならなかった。
どんな劇になるかも知らなかった私のクラスへの関心の低さというのはそんな程度だった。

「だから」
「違う」

大和の言葉に重ねて、私はその先を遮る。

「あの時と今は違う。大和は私の服を作っているところを見たいって言ってくれた。そんなこと言ってくれる人はいなかった」

しんとした教室の中に、あの広い空間に一人でいるというのはただひたすらに孤独感だけを感じる。
まるでそうした罰でも受けさせられている気さえする。
圧迫感に負けなかったのは、それが圧迫であると認識しなかったからだろう。
何故だか知らないけれど任されて、それをそのまま受け入れていた私だったから、大和に会うまでそれが理不尽だと言うことをわからずにいた。
頭の中にあるもやもやしたものが、不満であるということさえわかっていなかった。

「出来あがったもの見て、褒めてくれる人はたくさんいる。でも私は一人でいることが好きなわけじゃない。完成したものの出来を良いか悪いか判断してほしいわけじゃない。そんなの私の楽しみじゃない。それまでにかけた時間と労力がどの程度昇華されたかが」

言いながらあまりにも要点を得ていなくて、自分で頭が痛くなってきた。

「ごめん。何言ってるんだろう」

物事は極単純に考えた方が良いのに、時として複雑なものをそのままにしておいた方が納得してしまうことがある。
でも今はそれでは納得しそうもない。
頭の中がまた混線する。
多くのことが渦巻いて、また思考が止まりそうになるので頭を振るっていると大和がそっと笑った。

「俺ね」

つとみたその横顔にオレンジの色が射して、引く。
その繰り返しの中で、私は目を離せなくなる。

「みいくんが俺のエプロン手直しするの手伝ってくれた時、ものすごく嬉しかったの。一緒に何か作るって、こんなに楽しいんだって思った」

大和はとても不器用だったけれど、同じくらいとても真面目に私の話を聞いてくれた。
喋っていた内容なんて、ただの指示でしかなかったけれど、雑談のないその会話の中でも大和の人柄を私は感じた。
照れたように笑う大和の横顔に、今のヤマトの片鱗はなかったけれど、あの日の夕焼けに染まった大和と今のオレンジ色に染まる大和はやっぱり同じだと思える。
形の良い唇がそっと開く。
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