きみのこえ

□day 10
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     きみのこえ
−day 10−



ハトロン紙を広げる場所はなかったので、食卓に広げてちまちまと型紙を抜いた。
久々に一着仕上げるとなると勝手がわからないところもあったけれど、やはり数年という作業時間による勘は冴える。
ブランクはあるものの着実に工程が進み、覗きに来たキタさんはびっくりしてくれた。

「こんな才能があったんだね」

そう言ってくれたけれど、これは才能じゃない。
繰り返しの慣れと、ある程度の知識を使うだけのことで才能は必要ない。
同じことを大和に言ったことがあるけれど、キタさんに伝えるには説明不足になりそうで難しかったので苦く笑って誤魔化した。
お土産にとケーキを置いて行ってくれたけれど、冷蔵庫に入れたまま未だに口にはしていない。
あくまで大和が試着してみて、ヤマトのイメージに合えば採用するからということを念押しはされたけれど、今の私にそんなことはもうどうでも良くなった。
目的は採用されることでも、誰かに認められることでもない。
ただ一言、あの時の大和のように、もう一度だけ大和に褒めてもらいたい。
すごいねというあの言葉が聞きたい。
その為だったら、何でもしようと決めた。
布地の色はあの日の大和の瞳に入っていたオレンジを各所に入れることにした。
一番身体を覆うミッドナイトブルーの布地にはスワロフスキーをいくつか入れた。
ライトが当たれば人によっては流星群に見えるかと思う。
胸元を大きく開けて、ラペルは細くする。
大和の誠実さは紳士的なイメージに結んで、どうしても襟は入れたかった。
おおよそ完成したところで、写メールを撮って大和に送ると、簡潔にスゴイと返って来た。
その言葉を直接聞くことができた時、私の作業は初めて実るのだと信じて、針糸を片手に最終調整を重ねた。
良い、もう良い。
大丈夫、誰に評価されてもされなくても。
私が縫ったこの糸は、ずっと残ってくれる。
どんな思いで縫いつけたのか、私だけは覚えているのだから。



一心不乱の日々の中、大和の高卒認定試験の日も過ぎて行った。
試験前日に連絡を入れようかとも思ったけれど、何だか逆にやる気を削いでしまいそうだったので止めた。
心配しなくても大和なら大丈夫だと言う自信もあった。
私が布に向かって必死なくらい、勉強に打ち込んでいるのなら心配はいらない。
案の定数日後には合格画面の写メールと共に、たった一言合格とだけ書かれたメールが来た。
私は作りかけの衣装を放り出して、大和が好きそうなケーキをいくつも買って彼の家に走った。
お陰様でいくつかのケーキが形を崩してしまってはいたけれど、それも笑えるほどに楽しかった。
おじさんも大喜びして普段は節度を守って飲むお酒が度を過ぎて、夜中まで大騒ぎしていた。
久しぶりに大笑いした気がする。
次は私も自分のことで喜んで、笑いたい。
楽しさでいっぱいのその中でそう思ってお酒をあおった。
翌日枯れた喉とぐずる頭を抱えて仕事をしたのは初めてだった。
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