きみのこえ

□day 10
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「すごい暑い。でももう一回頑張る。人多すぎて入らなかったから二回やる」

そのメールが来たのは服を仕上げて、キタさんに連絡した数日後のことだった。
添付されているメールには私の作った衣装を着ている大和がいた。
かっと顔が熱くなって、声にならない悲鳴をあげた私は一日中浮かれていた。
着てくれた、それだけで泣きそうなほどに嬉しかった。
大和にその服の感想を聞きたかったけれど、それはあまりにも場違いな気がして止めた。
大和の笑顔とその服が一緒に写っている、それが何よりの答えのような気もした。
ヤマト完全復活。
見出しはそんな言葉で、記事はスポーツ紙の裏面にあった。
とても小さくて、新聞を購入して全部を読む人でないと見つけられない記事だった。
スキャンダルの時にはあんなに大きくて、それを撤回する時にはこんなに小さいと思うと複雑ではあったけれど、テレビで流れる芸能特集は軒並みヤマトに塗り替えられていた。
先頃結婚した女子アナのニュースなんかもう見る影もない。
二時間も披露宴の特集放送があったらしいけれど、もうこれも過去の人と言うことだろうか。
テレビは写真集の紹介とそれを購入した人だけが入れるライブの案内でヤマトの話題は盛り上がり、例のスキャンダルはすっかりなかったことにされている。
実は宣言通り、あのグラビアアイドルはAV女優になっていたらしい。
らしい、というのはその情報をキタさんからしか聞いていないからということなのだけれど、私自身がその情報を目にしたことはない。
これから先二人はどうなるのかといったところまでは各メディアを騒がせていたのに、そこで報道は一切なくなってしまった。
一体どういうことなのかはわからない。
マスコミは一定ラインを越えたものは扱わないようにでもしているのだろうか。
まるで示し合わせたように、グラビアアイドルの名前もヤマトのCM自粛もなくなってしまったのだった。
そして紙面から消え去った人の運命などは想像するに難くない。
一瞬の話題性というものは所詮その程度のものなのかもしれない。
考えてみればメディア各社にとってどちらがお得なのかと言えば、断然ヤマトに決まっている。
ヤマトが表紙になれば三割売り上げが伸びると言われている出版業界が、これ以上ヤマトのよろしくない噂を振りまいて行くことに良いことなどはないように思える。
次はストリップするんだってよとキタさんが笑っていたグラビアアイドルが、今どんな顔をしてるんだろうと思うと少しだけ切なくなった。
ヤマトだけが特別なのでも、アイドルだけが特別なのでもない。
二人とも芸能界と言う場所において当たり前のことに巻き込まれているだけなのだろうけれど、私にはそれがとても冷たいもののように思えた。
誰が華やかな世界だと言ったのだろう。
光と影があんなにも明確にある世界に、私は住みたいとは思えない。
人のことを悪く書き、同じ筆で良くも書くなんて信じられない。
それも批評ではなく、ただの噂話。
それが仕事だと言われればそれまでなのかもしれないけれど、その仕事の為に傷ついている人がいるのなら。
そこまで思って、私は数日前に同じようなことをグラビアアイドルに言っていたことを思い出した。
結局、そんな場所なのだろう。
私には想像もつかない、手の届かない、どこか遠くの話。
もうこのことは忘れよう。
私が忘れた頃、皆も忘れているはず。
そう思った私に、可愛らしい声がかかる。

「あのう」

長い黒髪を三つ編みにしたセーラー服の女の子が友だち二人を後ろに話しかけてくる。
私は品出しする手を止めて立ち上がった。

「はい」
「ヤマトの写真集探してるんですけど、どこにあるんですか」

今日何度目かの質問に、同じだけ繰り返した申し訳ございませんの言葉。
ヤマトの写真集は初期の予約分を全て完売し、現在増刷がかかっているけれど入荷がいつになるのかはわからない。
私が忘れるよりも早く、皆は忘れている。
忘れた顔をして、皆ヤマトのファンでいてくれているのかもしれない。
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