きみのこえ

□day 12
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「それにしても、貴女本当にヤマトの関係者なのね」

キミさんに言われて、私は頷いた。

「はい」
「馬鹿ね。そんなにはっきり正直に答えて良いの?」
「すみ、ません」

謝るとキミさんはついと右手の人差し指を私の顔の前に突き出して、ぐっとまっすぐ見つめてきた。

「正直なことは誇るべきことよ。どうして謝るの」

怒っているのか、褒めてくれているのか良く分からない。
私もどうキミさんに接したら良いのかわからなくて、ぐっと顎を引いて黙り込んでしまうしかない。
キミさんはそんな私を一瞥して、だからといって何をするわけでもなく、姿勢を正して玄関先を見る。

「屑野郎はどうせその辺にいるでしょうね」

キミさんの溜息は何となく、色っぽい。
その割には言葉が汚いのでもったいない気がする。
私がじっとり見ているとふいにキミさんの視線と絡んで、慌てて眼を逸らす。
でもキミさんはずいと顔を近付けて、わざとらしく私の顔を見る。

「これは貸しにしておいてあげる。ヤマトの年収なら良い車を買ってくれそうね」

唇がゆっくり持ち上がって、不敵に微笑むその表情があまりにも美しすぎる。
美しすぎて話している内容も意味もわからない。
戸惑ってまごつく私は、何だかキミさんと反比例してどんどん間抜けになっている気がして嫌だ。

「え、え」
「貴女、まだ私の仕事理解していないの」

半ば呆れるようなキミさんの言葉に、私は身体を縮める。
あの時キミさんは最後にブローカーという単語を口にした。
それが何か全く分からないわけではなかった。

「ブローカーって、だって、臓器とか」
「アンタね、いい加減にしなさいよ」

今度は完全に呆れてキミさんはむっつり表情を曇らせる。

「じゃあ、あの、一体何を」
「いろいろよ。でも主には車」

そういえば黒木さんはあの時とても派手な車に乗ってやってきていた。
あれは趣味かと思っていたけれど、仕事の一環だったのかと今更わかる。
キミさんは頬をひっかくようにして二度指でかすめると、眼鏡がないのにアーチ部分を掬いあげるような動きをした。
きっと癖なのだろうと思う。

「言ったでしょう。356って。いいえ、32とか33の方が馴染みがあるかしら」

全く意味がわからない。
そんな言葉が私の顔に張り付いていたのか、ますますキミさんの機嫌は悪くなる。

「日産の車さえわからないの」
「日産はわかりますけど、日産の車は知りません。えと、プレオとかですかね」
「もう良い、わかった。話をした私が馬鹿だった。言っておくけどプレオは日産じゃないわよ」

車の話なんかされても私にわかるわけもない。
拗ねるようにして私は顔をそむける。
一生懸命話を合わせようとしていたのに、格好悪い。
でもキミさんの仕事は少しわかった気がした。
ディーラーのような仕事なのだろう。
そう言えばあの時誰かに何かを売ったような話をしていたし、今日のキミさんは営業と言われればそんな雰囲気も受ける。
美人に車を進められて、裕福な人なら受けない手はないだろう。
その上とても知識がありそうだし、口先で丸めこまれる可能性だってある。

「今すぐには売りつけないから、安心なさい」

また勝気な笑顔を見せられて、私は余計に安心できない。
私はお金ありませんからというけれど、キミさんの耳には届いていないのか、無視されているのか。
知らない顔をされて手帳を繰られる。
何を考えているのかわからないけれど、急に満足そうな顔をして怖い人だ。
ちゃっちゃと何か書きこむと、パタンと手帳を閉じた。
それからキミさんは私をまっすぐ見つめて、同じ目線で突き刺すように言葉を投げる。

「貴女はいちいち自己保身がぬるいわ。もっと強くなりなさい。貴女を大事に考えてくれないような人間を人間扱いする必要なんかないんだから」

相変わらず過激な発言だけれど、キミさんが言うと真実味がある。
こんなにも綺麗だったら、そんな言葉も自信を持って言えるのかもしれない。
いや自信を持って言うから、キミさんはこんなにも綺麗なのだろうか。

「いらっしゃい」

手を差しのべられて、私はふわふわな意識でついて行く。
仲良しのように手を繋いだりはしなかったけれど、キミさんの後ろをそろそろ歩く自分が余りにもか弱い存在に思えてしょうがない。
キミさんと私の体型はそう変わらないのに、どうしてキミさんの足音はこんなにも心地よく響くんだろう。
マンションの出入り口を出てすぐ、右に曲がった辺りに案の定男はまだ姿を潜めていた。

「あのですね、私、取材をさせていただこうとしていまして」

卑屈な笑顔を見せて、なんとかキミさんの誤解を解こうとしている。
というよりはキミさんのことを本当にマンション関係者だと思っているから、立ち入りや接近を禁止されるのを怖がっているのだろう。
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