猫に恋慕節
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「さて、名前も決まったことだし、明日からはお弁当の残り持ってきてあげるからね〜ミケ」
「あ?」
「っえ、何」
下からの突き上げるような影山の眼光が、私の言葉を突き飛ばす。
ビームライフルを下から食らった気分だった。
思わず怯んだのは影山の眼光にびびったからじゃない。予想外の反応を影山が見せたからだ、と
情けない声を出した自分を正当化しながら、影山を爆弾でも見るように、恐る恐る見下ろした。
いや、ようにじゃないな。実際に爆弾である。
且つ爆弾より恐ろしいのは、タイマーがなく、相手の言動次第で突如噴火する、という点だった。
「……お前は構うな。拾われるまでは俺一人で飼う」
「……はぁ?」
言いながら顔を背ける影山に、私はため息としゃっくりを一緒に煮詰めたような声を上げてしまった。
何かと思えば、そんなことかよ。
始めに私の表情に表面化してきたのは、"呆れ"だった。
わざわざぼっち宣言ご苦労様です、なんて労いの意味も含まっているかもしれない。
プライドの高い奴というのは、どうしてこうも他人の手が干渉することを嫌がるのか。
お前のそんな自尊心なんか、一束分のパスタの本数数えるのよりどうでもいい。
「一人で飼うって……あんた、ミケに触れないのにどうやって飼う気?」
ここで引かない私も、やっぱり譲れないプライドというものを持っているのだろうか。
それイコール、影山と同格ってことだ。うわぁ嫌だ。
そんな自尊心を正論化したような言葉に、当の影山は押し黙る。
数秒待って影山が反論できない事を確認してから、私はある一つの提案をした。
「……じゃあさ、私はミケの飼育に一切関与しない。その代わり、影山がミケに触れて、一人で飼えるようになるまで特訓してあげるよ。
これでどう?」
咄嗟の思いつきだったが、一応私と影山両方のプライドを考慮してある提案だと思う。
瞬時に「なにいってんだこいつ」と豆鉄砲くらったような顔で影山が見上げてきたから、補足した。
「もちろん、影山がミケに触れるようになったら、私はもうここには来ないよ。用無いしね」
どーだ、という声で捲し立てる私を、影山は全身の機能を凍結させて聞いていた。
ややあってその意味を理解したのか、いや理解はできても納得はできないという表情で、口だけを不自然に動かし始める。
「……いや、提案っつーか、何も変わってねーだろそれ……。つーか、お前のメリットどこにあるんだよ」
「毎日ミケに会える」
「……意味わかんね」
「ははは、馬鹿にゃ理解できねーよ。私を追い出したかったらさっさとミケに心を許してもらえー」
「本ッ当にクソ女だな」
「その"クソ女"に、影山はミケからの信用で負けてるってこと、お忘れなく」
捨て台詞の様にそう紡ぐと、私は影山に背を向けて歩き出す。
背中に影山特有の眼光が刺さってきたから、それに応えるように手を振った。
優越感を纏った私の足取りは、靴を履いてないみたいに軽い。
鳥居をくぐる時、後ろからミケの「フシャー!」という鋭い声が飛んできた。
口元を隠すようにしながら、私はにしし、と笑う。
まぁ、精々頑張れよ影山。
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