猫に恋慕節

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「……何でお前がここにいるんだよ」


翌日、私がその日一発目に聞いたそいつの声は、昨日に輪をかけたように無愛想だった。

学校帰り、昨日の三毛猫を構っていた私は、神社で再び影山と顔を合わせることになるのだった。
まぁこいつのことだから、猫が心配でまた来るんだろうなぁとなんとなく予想はしていたが。


指先にザラザラとした猫の舌の感触を感じながら、顔だけ影山を見上げて、「オッス猫番長」とニヤニヤ攻撃アゲインをかましてやった。

最早挨拶代わりに舌打ちをする影山を確認してから、話しかけてみる。



「影山は今帰り?何部なの?」



「………バレー部」



「へぇー。あ、ジャージに"排球"ってかいてあるね」



「お前は帰宅部か?」



「おー、そうだけど……言ったっけ?」



「顔に暇人って書いてあったからな」



「そりゃ光栄だ。今のご時世暇人が世界を救うんだって」



不毛な会話に影山がため息をついた。

舌打ちとかため息とか、言葉じゃなくて態度で自己主張するのが得意なんだなこいつは。と、
四次元ポケットを失くしたドラえもんくらい役に立たない観察結果を、自分の中でまとめてみる。


「おいブサイク、ちょっとその猫持ってろ」



「あ?何で?」



「タオル替える」



相変わらずの王様の様な物腰に反抗心を湧き上がらせつつも、
影山の「さっさとしろ」という有無を言わさない牽制に辟易して、しぶしぶ従った。

気分は家来で、そこに微量ながらも癪に障る"屈辱"の念を反芻する。
だからせめて、「気が進まん」という態度で影山に喧嘩を売ることは忘れなかった。


そうして影山は本日2回目の舌打ちを渋る事無く清々しいほどに放ってみせると、汚れて薄黒くなったタオルを手際よく取り替えはじめる。

最早蜂の巣をつつくくらい臆面のない影山の露骨な無礼さを、私はこの猫を撫でまわすことで紛らわせていった。



「……なんというか、こなれてるね。影山」



「そうか?」



「そーだよ。タオルの替えまで準備しちゃって。飼う気満々じゃん」



「っせーよ」



「名前でもつけてみる?」



「……名前…」



私の言葉に1つ1つガン飛ばしてくる勢いの影山が、この時だけは存外ノリノリだった。

箱に戻した三毛猫を見つめながら、2人で思いつく限りの名前を挙げてみる。



「……たま?」



「安直な……。その名前でこの子呼んだら、多分町中の猫が寄ってくるよ」



「ポチ」



「種類変わっちゃうから……」



「……そういうお前は、なんかないのかよ」



「……ジンジャー」



「場所ダイレクトかよ……なんだよその昭和のヒーローアニメにありそうな名前。流石に可哀想だろ……」



ナンセンスな名付け会議に、目の前の子猫に底知れない同情の念が湧いてきた。

謝罪の気持ちと、何か名付けの情報として得られるものはないかと子猫に目を向けると、
彼女(彼?)は「ニー?」とあざとく首をかしげるばかりであった。
その愛くるしさに比例して、この討論もどんどん不毛な方向へ進行していく。


何十分そうしていただろうか。
私達以外の人気が感じ取れないから、もしかしたら数秒だったのかもしれない。



「ミケ」



「……おお、いいんじゃん?三毛猫のミケ。家政婦のミタみたい」



そんな影山の発案により、不毛な数十秒は蹴り飛ばされ、あっさりと「ミケ」という名前に安定した。
影山発案という一点を省けば、ありがちだが悪くない名前だと思う。



「ミケ〜」



あとは本人に確認作業だ。
試しに私が、影山と喋る時よりワントーン上げてそう呼びかけてみると、自分の事だと分かったようで、嬉しそうに「にゃー」と鳴いた。
なんて賢いんだ。
名前を付けたことで、より一層親バカ心が擽られる。



「……ミケ、」



高評価を貰った私に便乗して、影山も控えめにそう呼ぶ。

するとどうだ。
ミケは尻尾を別の生き物のように逆立て、「フシャッ!」と影山を目の敵にするではないか。



「……この名前、気に入らないみたいだな」



「名前じゃなくてお前だよ……」



割と本気で落ち込む影山に、流石に爆笑することは躊躇われた。
代わりに私の表情からは、同情を表面に纏った苦笑いが零れる。
ここまでくると影山が可哀想だった。


ま、いいか。
いつも影山にでかい顔させるのも癪だし、1つくらいこんなことがあってもいいだろう。

そうして私は確実に影山を馬鹿にする理由を確保しながら、気分を入れ替えるようにして立ち上がった。



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