猫に恋慕節

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「フシャ―――ッッッ!!!」



日本語で通訳すると「さわんじゃねーよガキが!!!」と飛んできそうな威嚇が、閑散とした神社に木霊する。
その怯えにも似た叫びは、あまりにもその場に不釣り合いだった。
熱いお風呂の一点に冷たい水を注げば、すぐに混ざらず温度の違いが感じ取れる、あの感覚に似ていた。



「ほら影山、ミケまた怖がってるよー?」



さっきの威嚇は、言わずもがな影山に対するミケのものなわけで。

先程からこの手を伸ばす→威嚇のサイクルを数十分続けている。
そこに全く成長の色は感じ取れず、むしろ退化しているようにすら見え、「不毛」という言葉がよく似合う状況が作り出されてしまった。


私が影山を煽るようにミケの喉を撫でれば、ミケはむき出した歯茎をすぐ元に戻して"子猫"に姿を変える。
"猫かぶり"って言葉はこんなところから生まれたのかなー、なんて思ったりして。

影山は不服そうに後頭部をわしゃわしゃとしていた。



「ごはんあげるのもタオル替えるのも影山なのにねぇ。不憫」



「うっせ」



「うーん……何がダメなんだろうなー……」



私の手にじゃれ付いてくるミケ。
影山は器用に私の手だけを睨みながら、無言で頬を膨らませた。

拗ねたようなその表情は、愛嬌があってちょっとかわいかった。
余った片手で影山を撫でてやろうかと思ったが、つんざくほどの罵声が飛んできそうなので控える。
それに、こんなにでかい猫はいらん。



「私と影山の違い……」



行きつくところはそこだった。
私には触れて、影山には触れない。私にあって、影山にはないもの。また逆も然り。

ぱっと思いつくのは、やはり男女という点だった。
試しに髪を後ろで乱雑に1つにまとめて、ゴロツキのように座って撫でてみた。
が、ミケはいつも通りの天使の微笑み、影山は「何してんだお前」と訝しみの目線を寄贈してくれた。ちくしょう。

次に思いついたのは、"目線"だった。



「影山、ちょっと目ぇ瞑って」



「あ?何で」



「ミケは影山のつり目とか、目線に警戒心抱いてんじゃないかなと思ったの」



「……根拠は」



「猫っぽい私が言うから間違いない」



イエーイ、と全く和んでいない雰囲気の中で親指を立てる。
曖昧な根拠でドヤ顔する私に、影山は納得しかねるといった風だったが、
私が親指の代わりに人差し指と中指を突き出して「目つぶしされてーのか!」と脅すと、彼はしぶしぶ従った。
影山の瞼は、動かすと「チッ」って音が鳴るらしい。

そのまま影山の片腕を掴んで、そーっとミケに近づけた。
掴んだ影山の腕は一瞬痙攣したように思えたが、気にせず続ける。
寝ているライオンを触ろうとする気持ちだった。



「ビャ――――ッッ!!」



しかも駄目だった。
今まで以上に猫らしくない声に驚いた影山が、目を開けて、やかんに触れたみたいに手を引っ込める。
弾かれた私の片手は宙に浮いて、そこに固定されているみたいになった。



「てめぇ……」



「うわ、ご、ごめんって」



この世のすべてに対する憎しみを私1人に凝縮させたような睨め掛けに、背筋に冷たい線が引かれた。

慌てて影山に向き直って、宙で固まった片手を全力で左右に振る。
その動きがメトロノームみたいに規則的だったから、影山の険しい目元は余計に深まるばかりだった。
ちくしょう、どうしろってんだ。


しかし猫は、必要以上に他人を窺わない。
影山のききなれた舌打ちを右の耳でとらえて左の耳で吐き出すスキルを身に着けながら、再び原因解明作業に戻る。



次に考え付いたのは、匂いだった。
でもこれはすぐに廃案となった。

理由の1つは、犬じゃあるまいしということ。
もう1つは、拾った日は雨で、とても匂いなんかで判別できなかったんじゃないかな、ということ。
更にもう1つは、それが原因だったときにはどうしようもないから。

まぁ影山はちょっと汗臭いのかもしれないけど。
私にはわからないが、猫にはわかる匂いというのもあるのかもしれない。
いやでも、こいつ汗かくほど真面目に部活するタイプじゃなさそーだな。


……となると、残る原因は、




「雰囲気、かぁ……」



果たしてその呟きは、目の前でミケと格闘する影山に届いたのやら。


影山の、他人を寄せ付けない気概に溢れた、剣尖のような空気。
生まれつきや遺伝なのか、はたまた過去になにかあったのか、そんなことまで踏み込んでいこうとは流石に思わないが。
というか、知ったこっちゃないし、別段興味も湧かない。


こればっかりはどうしようもないんじゃないだろうか。
雰囲気を丸々変えろだなんて、信号に紫が追加されるくらい無茶な話だ。進んでいいのか止まるべきなのか、どっちだよ。
どう足掻いたって、影山は影山で。


……それでも私は、1つ思いつく。
雰囲気までとはいわないが、ちょっと視点を変えた程度の、ダメもとに近い方法。
可能性は低いが、やらない手は無い。




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