猫に恋慕節

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土曜日。3対3当日。


海の潮の香りとはまた違う塩の香りが鼻につく。
その空気は液体となって、容赦なく俺の体に這いつくばってくる。

見上げた先にあるのは太陽ではなく照明。
それ自体は熱を放っていない筈なのに、蒸すような暑さのせいか、日輪が見えるのは気のせいだろうか。


烏野高校第二体育館で、今日。



「"周りを見る優れた目"を持ってるお前に、仲間の事が見えない筈がない!!」



先輩のそんな言葉に、シューズと床が擦れる音が集約する。
ぶわっと何かが俺を通り過ぎて、俺の脳味噌はあっという間に雑多な渦に呑まれていった。

先輩の言葉を反芻するたびに、まるで水で呼吸するように息苦しくなる。
理解しがたい得体の知れないものに、自身が埋められていくような感覚。
正常な思考回路ってやつが細い糸のようにもつれて、俺に絡みついていった。



――――"なんかうまいこと"って……なんだ!!



先輩の抽象的過ぎる言葉を思い出して、よくわからない汗が噴き出す。
視界もぼやけて渦を巻き始めた。

答えを求めるように日向を見れば、奴は睨まれたと勘違いしたのか、「な、なんだよ!?」と
身を引きながら怯え、やや威嚇するように吠えた。


――――その姿は、どことなく俺を前にしたミケに似ていた。



「……」



『ほらー、影山、ミケまた怖がってるよー?』



「………」



『影山、目が怖いんだよ。刺さるし鋭い。最早痛い』



「…………」



『もっとこう……歩み寄るというか。心開いて、手ぇ差し伸べてもいいんじゃないの』



「……………」





うるせぇよ。

そう呟いた声は、きっと誰にも届かない。
こめかみ辺りに集約してきた意識の中で、俺は何故だか自分の頬が緩むのを感じていた。

目の前で縮こまっている日向を見て、思う。



――――ま、こいつは猫より犬って感じだけど。



そして、





「――――とべ。ボールは俺が、持って行く!」



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