猫に恋慕節

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「影山くんってさ、なんかいいよね」



「……ほう?」



突如放たれた友人の言葉に、私は飲んでいたいちごオレを鼻から吹き出す思いだった。

だってまさか、お昼の弁当タイムに親しい友人からその名が出るとは思わないじゃないか。

鼻の奥がぴりっとして、教室が甘い匂いに溢れる。
ちがった。甘い匂いに溢れたのは私の鼻だった。

なんとか鼻に入ったいちごオレを外に出さないよう創意工夫していると、
他に弁当を囲んでいた友人たちも、「ちょっとわかるかも」などと言い出すではないか。


まじか。

鼻の奥で少しだけいちごオレが蠢く気配がした。仮にも花の女子高生なのに。
必死にポーカーフェイスを顔面に張り付けながら、淡々とした声で会話に参加する。



「ゆんちゃん、こないだも月島のことそう言ってなかった?ミーハーすぎでしょ」



友人の名はゆんちゃんという。



「ち、ちが、好きって事じゃないよ?ただ、ちょっとカッコイイなと思っただけで」


「まー確かにね。顔はね、でも私、影山くんが誰かと一緒にいるとこ見たことないや」



「ただのぼっちでしょ」



「そこがいーんじゃん!ミステリアスっていうか、謎で」


「確かに。多くを語らないっていうか、クールな感じ?」


「そうそう!」



「わかんねー」




苦笑しながら卵焼きを口に放り込む。
さして興味のないように装って、定まらない目線で机と机の境目をたどった。

そんなの、顔が悪けりゃ「根暗」としか捉えられないだろうに。ほんとにミーハーだな。

何故かそうやって、脳内で友人の意見の逆をいかないと落ち着けなくなっていた。
この動揺はなんだろう。

未知の感情に狼狽えていると、「なまえ?」とゆんちゃんの声がした。
私は弾かれたように顔を上げる。



「あ、ごめん、何?」



「いや、なまえと影山くんって、中学同じだったの?」



「え?……いやまさか。なんで?」



「んー、……なんというか、なまえさ、」



否定しすぎ。

ゆんちゃんの言葉に、私は箸で掴んでいた煮豆を滑らせた。
幸い下は弁当箱だったからよかったのだが、煮豆の「こつん」っていう軽い音は、何故か喧騒を抑えつけて私の耳に直接入り込んできた。

自然と、眉間にしわが集まる。



「……否定?」



「いや、ただの勘違いかもなんだけど。なまえ、影山くん知ってるっぽい口調だったから」



「ないない。知り合いどころか、面識すらないよ」



左手を手首の運動みたいに顔の前で振って、大げさな声で笑って見せた。

別の友人から、「やっぱその笑い方猫っぽー」と飛んでくる。
それに乗じて、私は無理矢理、でも違和感ないように話題をすり替えた。



「中学ん時の渾名ネコ子だったからねー。友達がしょっちゅう私の横で『ねこふんじゃった』弾いてくんの。悪意しかなかったわ」


そこからはまた、いつもの雑談。
中学の思い出とか、先生への愚痴とか、弁当のおかずの取り合いとか。
ころころと変わりゆく話題に適応して、私たちは笑い声をハモらせた。

でも私だけは、どこか上の空だった。
会話には入るが、内容は全然頭に入ってこなくて、口と脳が別の生き物のような感覚だった。


談笑しながら思う。
――――なんで私、あそこまで否定したんだろう。



中学が違うというのは勿論本当だが、面識がないというのは勿論嘘だ。
むしろ、あの鋭い目線(物理)をあんなに浴びているのは、私くらいではなかろうか。


確かに「一緒に猫飼ってるよ」なんて暴露するのはとんでもない爆弾だし、打ち明けた後どうなるかわからないほど私も馬鹿じゃない。
恐らく目の前の友人たちに質問の山で轢き潰される。
なにより、私の羞恥心の問題も浮上してくる。


でも――――"面識がある"くらいなら、肯定してもよかったんじゃないか?


寧ろその方がゆんちゃん達にとって筋が通るわけだ。
面識があって、影山がどういうやつか知ってるからこそ、あんな言い分だったんだなと。

なのに、私は、咄嗟に全くの他人にしてしまった。


何故ですか。と目の前のふたを剥がしたこんにゃくゼリーに問いかけるが、彼女はひんやりとした空気を
私の指に伝染させるだけで、何も答えてはくれない。



――――ああクソ。



考えることを放棄して、私はこんにゃくゼリーを口に放り込んだ。



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