猫に恋慕節

□7
1ページ/1ページ



結局あの後、私はものを考える気力を失い、友人たちの質問攻めにも否定の言葉しか返せなかった。
身長が低いが故に頭の上からポンポン質問を投げつけられ、それが次々と更新されていく。

普段ならチビであることを悔やむのだけれど、今日は全く思考の動く気配が無かった。
影山への気持ちに気付いたのだって、普段なら否定したりとか疑ったりとかする筈なのに、そういう拒否反応もない。

とどのつまり、虚無感というか。


肩には鉛が乗っているようで、体と椅子は一体化しているように自由がない。
こうべを垂れていると、頭の重さが額に下りてきた。


そんな状態でまともに思考が働く筈もなく。
委員会の事は「余ったところでいいです」と他の人に丸投げした。

言った後で、「あ、飼育委員になったらどうしよう」とのんびりと思う。
多分影山ならミケの事に関係なく飼育委員選ぶだろうから。動物好きそうだったし。

それ以前に、影山が飼育委員であろうがなかろうが、あれだけ好き勝手言っておいて飼育委員は選べない。


生き物の幸せを潰すような私に、何かを飼育する資格はない。



それらは杞憂だったようで、私はあっさりと図書委員の枠に収まった。
なんでも、管理がややこしいやら当番がめんどくさいやらで売れ残ってしまったらしい。

飼育委員じゃないならなんでもいい。
めんどくさかろうがややこしかろうが、私に否定する権利はない。する気もない。
流れに身を任せ、適応するのみだ。この道に幸あれ。





っていうのは、笑えないほどの戯言で。
私は自分の楽天家な部位を呪った。

当番の日になって、思う。


――――やめときゃよかった、と。




「…うぇ」



「これから半月当番回していく相方に向かって、その反応はどうなの」



私を見下ろしながら、にこにこと笑いかけてくる男子が言う。
そのにこにこの裏に、隠された陰謀的な何かが見えるのは、偏見なんかではないはずだ。



「……同じ委員は各クラス1人ずつじゃなかったっけ」



「うん。各クラス男女1人ずつね」



こいつに言われると、諭すような口調が一遍、見下されているように聞こえる。
いやまぁ、今実際身長的な意味で見下されているのだけれど。



――――月島蛍。

私ににこにこと笑いかけてくるそいつは、いわゆる美形に該当する。
ガラス職人に魂を吹き込まれたような顔立ちに、教室の扉に頭がつかえそうなほどの長身。
チビなあたしから見れば、月島の背格好は同じ人間とは思えない。
こいつ本当は、ちがう星から来たんじゃなかろうか。

極めつけは、その裏のありそうな笑顔。
手の内を明かさない仮面のようなその表情に、私は同族の気配を感じ取っていた。

だから苦手なのだ。

今まで話したことは無かったから、できれば一生他人のままでいたかったのに。


そんな月島が、茶化すような声で「ヨロシク、みょうじサン」と手を差し出してきた。
その手を苦笑いで「ねーよ」と払っても、月島は「つれないなぁ」と笑顔を崩さない。

ふざけんなお前、他の女子にはそんな態度じゃないだろ。
私が避けてるの知っててあえて友好的に接してるなこいつ。
演じ分けが器用にでき、尚且つ相手が一番嫌がるパターンを熟知しているあたり、こいつは本物だなと思った。


猫は同族嫌悪を趣としている。

お前も同族なら、絡んでくるなよとも思う。
わざわざ嫌がらせにかかるあたりが侮れなくて腹立たしい。
あのメガネを反対側から覗けば、真っ黒な世界が広がっているに違いない。


図書委員なんかやめときゃよかった。
ため息をつくと同時に腹をくくってカウンターに座る。

といっても、本を借りに来る人は基本少ない。
ついでに図書室の中も、ほぼ私と月島しかいない。



「うぇ」



再び同じ言葉を空気と共に漏らす。
こんな時間が、これから毎週続いていくというのか。天からのいやがらせとしか思えない。



「……うぇ」



三度漏らした。
この立場をゆんちゃんあたりに譲ってあげたら、黄色い声で喜びそうだ。
可能なら、是非そうしたいものなのだが。




「ププ……失礼な態度で性格悪いし…ほんと王様ソックリだな」



「え?」



「いや、なんでもない……プッ」



上手く聞き取れなかったので聞き返すと、お茶を濁される。

月島のそれは完璧に「林檎はどうして赤いんですか」と問いかけた子供に対する嘲りのような笑い方だった。
理由はわからないが、まぁ、勿論むかつくわけで。

何笑ってんだと軽く小突こうかとも思ったが、やめた。
もうこいつには関わらないでおこう。




これが、山口が「いた!ツッキーいた!」と駆け込んでくる5秒ほど前の出来事。




.
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ