捧げ物、頂き物

□街角ラブコメディ
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「もーちょっと!もーちょっとくっついて!」



カメラを片手に構えた女性にそう促される。
遠慮がちに彼の方へ歩み寄れば、触れた部分からこそばゆいぬくもりが伝わってきた。

記憶の棚を漁りに漁っても、未だかつて菅原くんとここまで距離が近かったことはない。

頬の上に這うような熱が込みあがってきた。
笑顔でいなければならないのに、今の私の顔は、きっと柄の違う布を継ぎ接ぎしたようにぎこちないんだと思う。
どきどきと躍動する心臓がうるさくて、息を止めていたら余計に顔が赤くなる気配が感じ取れた。

どうしてこんなことになっているのか、忘れそうになるほどに。



「2人とも表情硬いよー!笑って笑って!!」



そんなこと言ったって。
この羞恥心と幸福感がぐつぐつと煮詰められたものに逆らえるわけがない。

口角を上げるが、まるで頬に鉄板でも埋まっているようだった。
硬度の高い私の笑顔はどう見ても人工的で、たおやかさに欠ける。
女性の発言から察するに、菅原くんも同じような表情をしているのだろうか。


ぱしゃり、ぱしゃり。
水たまりを弾いたような音が数回聞こえて、目の前で光がはじけた。
視界が戻ると、カメラの女性は満足そうに頷く。



「よしよし、いいかんじ!人足んなくてさ〜。ほんと、協力ありがとね!」



「す、すみません、…表情硬かったけど、いいんですか?」



「んー…ま、初々しいカップルってことで」



微笑ましいなーわはは、と人の目も気にせず豪快に笑う女性。
唇の隙間にのぞく前歯に、少しだけ隙間があるのが子供っぽい。
その波のような勢いに、私たちは顔を見合わせて苦笑いした。

が、その距離がぶつかりそうなほど近くて、慌てて逸らして、お互い一歩離れる。

そんな私たちをにやにやと眺めてから、女性は「あ、」と思いついたように自らの鞄に手を入れた。



「これあげるよ。お礼ってことで」



女性が差し出したのは、2枚の映画のチケットだった。
出所の掴めないそよ風に揺れるそのチケットに、私達は目を丸くする。



「え、いいんですか?」



「うん、美男美女で行っておいでよ」



いたずらっぽく笑う女性から、たまらず目を逸らす。
今日は赤面するばっかりで、体内の血の行き渡りは均等なのか不安になった。



再び軽く礼を述べて去っていく女性が人の間に消えるのを見送ってから、彼がつぶやいた。




「あー……びっくりした。街角スナップって本当にあるんだな」



「ね。初々しいカップルだって」



2人で照れながら笑う。
彼のそよ風のような笑い声が、火照った心に響いた。



「にしても得したな〜」



「ほんと。それ、何の映画?」



「……何だろ、恋愛ものかな。小説の映画版らしい」



「へー」




彼の手にしているチケットをひょっこり覗けば、CMでなんとなく聞いたことのあるタイトルが踊っていた。
しかし本当にそれだけで、恋愛小説の映画化という以外、特に特筆すべきところは見当たらない。

――――でも。




「これ上映期間長いみたいだし、また今度行こうな」




彼がそう言って笑うだけで、そのチケットから光が溢れ出す。
ただの紙が、まるで神託の書き収められた文書のように見えてしまう。

「また今度」って言ってもらえたことが、嬉しくて仕方ない。
菅原くんの笑顔が、目を焼きそうなほど眩しくって仕方ない。
その笑顔を、今すれ違った女の人が見つめていたと錯覚して仕方ない。

でもその笑顔を拾うべきなのは間違いなく私しかいなくて、そんな現実に、心臓がときめいて仕方ない。




「――――うん…!」




彼に負けないような勢いで破顔して、心の底から頷く。
さっきとは違う、硬度を伴わない自然な笑顔だった。

あぁ、やっぱり、近すぎず遠すぎず。
私はこの距離感が、好きだ。




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