彼と彼女の純情事情

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席替えから数日。

変わったことと言えば、どこかの部の1年が教頭のヅラをふっ飛ばした所為で、
今日の生徒集会は教頭の独壇場となってしまった事くらいだろうか。
変わった、と言えるのかすら危ういが。

菅原くんとは会話すらしていない。
挨拶くらいはするが、はたしてそれは会話とカウントして良いものか。


――――しかしなんだかんだ言って、菅原くん意識しすぎでしょ、あたし。


中学生かよと自分に突っ込む。
好きではないとあれだけきっぱり公言(といっても自分の中だけでだが)しておきながら、
気付けばちらちらと右を盗み見ている自分がいる。
そりゃあハンサム男子と話したいというのは女子の本能だけれども。多分。

その度に「かっこいー」とか「ステキー」とかいう賞賛の言葉と共に、胸がチクリと痛むのだ。

私は鈍感ではない。だから、この気持ちの正体は、確信を持ってわかる。


――――席が隣ってだけで、そんな劇的に惚れるものかなぁ。


おまけに菅原くんじゃない方の隣の男子(運命信じてる系男子と呼ぶことにした)がかなりしつこくて、
とても話しかけられる状況ではない。
この前なんかは友人に「付き合ってんの?」とまで言われて、かなりショックだった。
あれ以来あの男子には話しかけられても無視している。
裏目もいいところだ。
最近では若干ストーカー化してきている。気がする。


そんな事を考えながら、なまえは廊下に出た。
なまえは吹奏楽部だ。となれば3階である音楽室は近い。

もう少し教室でクラスメイトと雑談に興じてもよかったが、――――


――――何を急いでいたのが、一番に教室を出て行った菅原くんが、少し気になったのだ。


不審に思われない程度にあたりを見渡すが、餌に群がる鯉みたいに繁盛した廊下では、中々彼を見つけられない。
荷物の準備等全くしていなかった為、そんなに遠くの用じゃないと踏んでいたのだが。


――――ストーカーはどっちだよ、ってね。



無意識に彼について勘ぐっている自分に、呆れ。
これじゃああのストーカー男と同レベルだなぁ。うわ、嫌過ぎる。

あきらめて本来の目的地である音楽室に進行方向を変えた―――

―――その瞬間。


「わっ!!?」


「きゃ…っ!?」


とんっ、と肩に軽い衝撃が走り、その刹那世界が傾く。
慌てて体勢を持ち直したためこける事はなかったものの、踏み込んだ右足から
かき氷食べたみたいな「キ―ン」という感覚が私の頭のてっぺんまで駆け抜けていった。

誰かにぶつかったと理解するのに、時間はかからなかった。


「ご、ごめんなさい、大丈夫?」


ほぼ条件反射のように相手に向き直る。
そこで私は初めて、相手が誰であるかを認識した。


――――1年生?


オレンジ色の癖っ毛にくりくりとした目、男子にしては高めの声と小さな背丈。
個人的な感想としては、リスを連想させる。

見た事ない顔だったがために1年だと思ってしまったが、多分間違いないだろう。
なんで1年が3年の階に?


「い、いえッ!こちらこそ、す、スミマセン!!」


何を緊張しているのか、校庭の真ん中で会話をしているのかと勘違いさせるほど大きな声で謝るオレンジくん。
その声に負けず頭の下げ方も深い。速い。多い。

赤べこに電池投入したらこんな感じになりそうだなぁと顔を綻ばせていると、
そのオレンジくんの後ろにもう一つの影がある事に気がついた。
何度もヘッドバンキングの様に頭を上下させるオレンジくんに「ボーっとしてっからだろボケ!」と辛辣な言葉を浴びせている。

こちらは対照的に墨を塗った様な黒髪につり目で背も高かった。
1年には見えないが、学ランの襟に「1-3」と書いてあったのを見て、確信。


「あ、あの、もう大丈夫だから、ね?

 にしてもどうして1年生が3年の階に?用事?」


空気抵抗の受け過ぎで更に頭をぼさぼさにしたオレンジくんとつり目くんが、顔を見合わせる。
対応に困っていると、暫くしてつり目くんの方が口を開いた。


「あの、俺達…えっと、「旭さん」って人を探してるんですけど、」


「アサヒ?」


一瞬私の中にビールの絵が浮かぶが、おい違うだろと一蹴。


「どこにいるか、というか、何クラスか知りませんか?」


「うーん…」


アサヒ、ねぇ。聞いたことがある、気がせんでもない。
自分の頭の中の辞書で「アサヒ」を引いてみるが、ビールしか出てこなかった。
なんて語彙の貧弱な頭なんだ、くそ。

確かなのは、絶対に4組ではないことだが、はて。

3人で首を捻っていると、聞き慣れた声が3人の間を駆け抜けた。


「待てよ旭!!」


弾かれた様にその声の方を向く3人。
1年生2人は「旭!!?」とその部分に反応したようだったが、私は違った。

だって、この声は、


「何?」


1年2人の声に反応して振り返ったのは、長い髪を後ろでまとめ、少し髭を遊ばせている男子生徒だった。
男子生徒と言ったが、社会人と言っても十分通りそうな外見をしている。失礼だけど。
その独特のオーラ故か、オレンジくんはつり目くんの後ろに引っ込んでしまった。


――――あー、私この人知ってる。かも。


確証はないので曖昧現在形。

名前は確か東峰旭くん。いつだかクラスの女子が「東峰くんて見た目の割に弱いよね」と
キツイ評価を言い渡していたのに、当時同情したのを覚えている。


「お前らこんな所で何し……って、みょうじさん!?」


――――あ。


教室から飛び出してくる影に、目を奪われる。
彼は此方を見るなり目を丸くして、屋根から釣りをしている人を目撃した様な顔になった。

やっぱり聞き違いではなかった。さっきの「待てよ」の声は、


「菅原くん…」


「エッ みょうじさん!!?」


私の呟きに被さる様にして、絞り出した様な声を上げる東峰くん。
なるほど、確かに、なんか弱い。
誠に愛嬌のあるポーズで仰け反っている彼を見ながら、「というか、私の事知ってるんだ」と発見。


――――て、あれ?さっき菅原くんも私の苗字、



「この前入った日向と影山」


「おぉ!1年かぁ」


「ちわっす!」


1年2人の元気な挨拶に意識を引っ張り戻され、慌てて会話に戻る。
が、遅れをとった私に、その会話は全く親切でなかった。

聞こえた単語をパッチワークみたいに繋げていくと、どうやら4人ともバレー部、ということらしい。
ちなみに東峰くんはエース、菅原くんは副主将だそうだ。なんともご立派な地位である。
そしてここで澤村くん主将と繋がるわけだ。おお、スゲー。
そしてエースに憧れる少年、日向くんは、相棒(?)の影山君を連れて東峰くんを訪ねていた、ということらしい。

ざっとこんなものだろうか。
それ以外の会話は理解する前に進んでしまって、さっぱりである。

しかし会話は苦悩する私を気遣ってはくれない。
さらに話題は、私が達する事のない領域まで、深々と嵌っていった。

いや、もう帰れよって話なのだけど、人の少なくなってきた廊下に、なかなかタイミングを見いだせない。


「あいつがバレーを嫌いになっちゃったかもしれないのが問題なんだ」


東峰くんが進路指導でこの場を離れた後、別の部の奴が聞くべき内容ではないのでは、
という深刻げな内容へ、会話は色を変えていた。

しかし相変わらず私は帰るタイミングを掴めない。
教室で雑談に興じていたクラスメイトは、もうとっくにいなくなっていた。


――――いいのかな、これ。


ちらりと菅原くんを見やるけど、2人と深刻そうに会話をしていて、私に目を合わせるどころではなさそうだ。

私が居る事忘れてるのかも、とまで考えたところで、「お前ら急がないと部活始まるぞ!」という
菅原くんの声にハッとした1年2人は、此方を気にしつつも階段を下りていった。



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