彼と彼女の純情事情

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「にしゅうめー」


「はーい」


汗の味が酷い唇を動かして、適当に返事をする。
合同体育の準備運動として、私達はトラックを蟻の行列みたいに走らされていた。
最初は揃っていた足並みも、段々別々に、ほつれて重々しくなっていく。

そりゃそうだ。
汗を含んですっかり重くなった頭を思いっきり上に上げると、
真上という真上に太陽が輝いて反抗期を主張していた。
その上湿気を含んだ空気はじっとりと重たい。
呼吸を繰り返すと、密度の濃い空気に埋められている様な感覚が、私に憂鬱を誘う。


そういうわけなので、どいつもこいつも誰1人として真面目に走っちゃいなかった。
下手をすれば歩くよりも遅いスピードで走っている。

そのため後方から男子に追い越されようが、何の悔しさも湧いてこなかった。
ただまぁ、あとで横を通った男子が菅原くんだったと気付いた時は、流石に何も湧かなかった事はなかったが。



5周し終えて息を整えるが、そもそもこの校庭の空気には酸素が足りてない。
空気を吸うというより、飲まされている感覚。
あっという間に私は消化不良になって、胸が張り裂けそうになった。

体温と気温の違いが化学反応を起こして噴水のような汗を生む。
あー、ベタベタする。


合同体育の内容は男女ともサッカーだった。

最初の5周でへばっていた奴らにとっては、どんな内容でも「えー」であることが分かっているのか、
先生はベンチにどん、と構えてブーイングの波に意を介さない。

クレーマーの群れは、辺りにあ行を飛び交わせつつも、酸素濃度の薄いグラウンドを男女別に分かれていった。





基本的に私は傍観者だった、なんて言うとカッコイイだろうか。

ゲームの始まった瞬間、私は無難な位置に移動してボールに群がる女子を眺めていた。
他にも数人、そんな感じの女子が見受けられる。

早い話、役立たずである。
遠目で見るとボールをぶつける的の様だ。競技違うけど。

女子を見ていても、精々道宮ちゃんと清水ちゃんがいい働きしてんなーくらいで、何も得るものは無かった。




そうなれば、目線は自然と男子に向く。




北海道と沖縄くらいの気温差はあっただろうか。
とにかく、激しい。

負けず嫌いが揃っているのか、誰もかしこもボールに食らいつくのに必死であった。
流石に何人かは、私と大差ない人もいたけど。

ルールなど皆無に等しいらしく、投げるわ打つわドリブルするわで最早サッカーではない。
ラグビーと野球を足して2で割った感じだ。
うーん、野グビー?酷いな。


そんな中、パシュ、と男子側のゴールネットが揺れる。
「っしゃあああ!!」という雄叫びと共に、一部の男子が一斉に1人とハイタッチを求めた。


――――菅原くんだ。


得意げに笑いながら、仲間と拳をくっつけあう彼。
汗まみれなのに全然むさ苦しくない、寧ろそのまま清涼飲料のCMに出れそうな爽やかぶり。

熱を帯びた何かが、生き物みたいにじわじわとせり上がってきた。


――――うーん、やっぱし、かっこいーな。


やっぱ、好きなんだなぁ。再実感し、また赤面。
今なら太陽の所為だと誤魔化せるだろうか。

「付き合ってもいい男子の中の1人」というのは、完璧にこの気持ちを隠す為の建前だったという訳だ。


何だか負けた気がして、悔しい。


負けたっていうのは、多分一生懸命な菅原くんとか、そこでハイタッチしてる男子とか、同じコートで頑張ってる女子とか、
…そういうのも、ひっくるめて。



「……がんばろ」



少し日が陰った。
そんな都合のいい妄想を脳内に沁み通らせてから、混戦しているコートめがけて、走った。





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