彼と彼女の純情事情

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※(2p目)友情のつもりで書きましたが、人によっては同性愛ととれる描写があります。観覧には注意してください。



背中に指を這われているみたいにこそばゆい。
まるで質量の無いスーパーボールを何度も何度もぶつけられている様だった。


人の目線ってやつは、どうしてこうも並々ならぬ気配を孕んでいるのか。


はーっ、と溜息をついて首をぐん、と持ち上げると、バレーボールを顔の前で抱えてそのままリングに叩きつけそうなメッシュくんとか、
かめはめ波の「か」の姿勢でボールを構えて、そのまま発動しそうなボーズくんとかと目が合う。

2人はハッと顔をトマトにして私から目を逸らすと、私の想像通りの事をやってみせ、
澤村くんに「バレーをしろ」と怒られるのだった。



私は菅原くんに頼んだ通り、バレー部の朝練を拝見させて頂いていた。
つまり排球を拝見である。

見たところ1年2年はどちらも2人ずつ、3年は菅原くん、澤村くん、東峰くん、そして――――清水ちゃんの、4人。
菅原くん曰く、本当はあと数人部員がいるらしい。
うちの朝練とはえらい繁盛の差だった。


日向くん影山くんに会釈を返しながら、東峰くん戻ってきたんだなぁと安心するとともに、
清水ちゃんがバレー部マネージャーだという事実に目を丸くする。初耳だった。


でもそんな私に負けないくらい、私が体育館に入った時のみなさんの目はまんまるだった。
公衆電話のテレカ挿入口にお札突っ込んで両替を試みる人でも目撃した様な表情だった。

とくにさっき目の合った2人なんかは、何に恐れ慄いたのか、
「うわあああ」「ぼあアアア」と私には分からない国の言語で歓迎してくれた。


そんなこんなで、部員のみなさんに私がここにいる経緯を簡単に説明し、
(菅原くんが「お世話になった礼だから」と簡単にまとめた)
今こうして清水ちゃんという最強の解説者を横におきながら、バレー観賞をしている訳である。



「さっきのユデタコが2年の田中と西谷。ごめん、みょうじ見て相当浮かれてるみたい」


「いや…」


割と辛辣な清水ちゃんの言葉に、私は奥歯にむず痒いものを感じる。

そーだなぁ、1年の時は、こんな感じだったなぁ。
「いいじゃんホクロ。私結構好きだよ」「変態ね」「えっ」って会話は未だに忘れた事が無い。


しばらく話していなかった為か、私と清水ちゃんの間には時間によって気付かれた確かな壁が存在している。気がする。
わからない。私が勝手にそう思っているだけかもしれない。

その壁に、私はボタンをかけ違えたみたいなほんのわずかな違和感を感じ取っていた。


時の力っていうのは偉大で、1年あればヒナが親鳥になる事も可能であろう。
人の歩かない道には草が生える。
それと同じで、会話の無い人間には壁が出来る。
1年って時間は、壁建設には十分過ぎたのだ。

清水ちゃんは、どうなんだろう。
その壁を取っ払いたいと思っているのだろうか。



柄に似合わず真剣に考えていると、素っ頓狂な声が耳に入った。



「なぁノヤっさん!今俺目ぇ合ったぞ!!」

「俺も俺も!さっきこっち見てたぜ!!」

「あれはやべーな、"薔薇令嬢と椿姫"揃ってんのなんて初めて見たわ」

「あとで握手と写メ頼んでみる」

「何だとッ!?うらやまけしからん俺も入れろ!!」

「なんでだよ!お前入れた瞬間携帯がシャッター音と同時に爆発するわ」

「馬鹿な!?俺の写真はアフリカの子供たちを救う力があると世界政府に協力を依頼されているというのに…!!?」



…仲が良さそうで大変結構である。
こういうのには慣れてしまっているから、今更照れるとかはないけど、うーん。やっぱそういう認識かぁ。
交流を持とうとしてくれるだけ、ありがたいと言うものか。


――――そうだ、"薔薇令嬢と椿姫"で思い出した。


ずっと気になっていた事を、私は思い切って清水ちゃんに聞いた。



「ね、清水ちゃん」


「何?」


「"薔薇令嬢と椿姫"って呼ばれ方、どう思ってる?」


「別に。というか、存在を認識した覚えがない」


ばっさり。
その男気溢れる切り捨てっぷりに、私の全機能が一斉にバッテリー切れになる。


誰かがスパイクを決めたようで、ぼこん、とお風呂の栓を抜いたような音が地面を揺らした。

が、そんな事にも気付けなかった。


間抜け面を出し惜しみなく晒す私に、清水ちゃんは「なんて顔してるの」と眉ひとつ動かさない。



「私は普通に過ごしたい。だったら、その妨げになるものなんて切り捨てればいい。
 人の話を聞かない奴らとかまともに向き合ってこない奴らに、まともに向き合う必要なんてないでしょ」



まるで諭すような口調だった。
「1+1はどーして2なんですか」と尋ねる子供に、至極まっとうに教え導くような、そんな口調。

私は彼女にどんな答えを期待をしたんだろうか。
それすらも分からなくなって、でも彼女の発言には素直にその通りだと思った。

なのに頷けないのは、なんでなんだろう。

眉間のしわの数とスパイクの数が比例していく。
もやもやしたものを抱えながら「…そーかもね」と呟いたが、それは清水ちゃんの耳に届くことなく、
日向影山コンビの超絶スパイクによって、あっさりとかき消されてしまった。



「清水ちゃん」


「何?今日はよく喋るわね」


清水ちゃんが薄く微笑んだ。
目を細めてまつ毛を伏せて、口をきゅ、と結ぶ清水ちゃん独特の笑い方だった。

「うるさかった?」と首をかしげ、それでも冗談めかして尋ねると、「暇つぶしには丁度いいわ」と冗談めかし返される。
バレーでいうとこの、スパイクとブロックだ。と、知ったかぶってみる。

素直に「そんなことない」と言わない清水ちゃん。
人の顔色を窺わず、群れず、媚びず。
1年の頃からそういうところが好きで、羨ましくて、ちょっと憧れていた。


「じゃあ、また暇つぶしのお手伝いさせてもらっていい?」


まるでチャンネル変えてもいい?と聞くようなお手軽さ。
私の意図をくみ取ったのか、清水ちゃんは手で口を覆って、「ふふっ」と上品に笑った。


私と清水ちゃんの間にあるのは壁じゃなくて、階段なんじゃないかなぁ。

ふと、そんなことを思った。



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