彼と彼女の純情事情

□6
1ページ/5ページ



ちゃんと理解しているつもりだった。
こんなのは、過度な期待に都合のいい思い込みだって。

そんな台詞が言えたからって、彼が私の事を全て理解してくれてるわけじゃない。



でも結局、そんなのは寝言で、すぐに取り返しがつかなくなった。



溺れた人が、藁をも掴むように。
無神論者だって、苦しい時には神頼みをするように。

――――絶望的な状況で見せられる希望は、どれだけ拙くても、依存症状が治まらない。



彼は、卓越した愛称の殻に閉じ込められてどうしようもなく立ちつくしていた私に、たった一人、疑問を抱いて問いかけてくれた。

これが希望になりえない筈が無かった。


偏見の無い彼独自の目線に、その側面に、ざっぶん。
どうしようもなく溺れていった。

だからもう、取り返しがつかない。
彼に溺れた私は、光も音も失って、ただ瞼の裏で自分の呼吸を感じる事しか出来ない。


彼が私の中から雪の様に消えてしまえば、私はきっと、この「誉れ高い」が皮肉になってしまう鳥籠から、抜け出せる事は無いだろう。
1人ぼっちで、誰の声も届かない空間に。



「自分らしく」って言葉を、私に見出してくれた彼。
叶わない未来だと鼻で笑っていた夢を、現実に組み込もうとしてくれる彼。
戦う事をやめて、無難な生き方のセオリーを積み上げた私を、側面から蹴り飛ばしてくれた彼。

それら全ての放物線の先には、目の端から鈴の音がしそうなほど爽やかに破顔する、菅原孝支くんの姿がある。


――――彼の事を、もっと知りたい。話したい。一緒にいたい。


こんなもどかしくて、くすぐったくて、甘くて、苦くて、鼻の奥がつんとして、煩わしくて、

でも、全然嫌じゃない。


――――これが、恋。



私が今まで「初恋」と形容してきたものとは、全く比べ物にならなかった。
私の本当の「初恋」は、ここからだったのだ。

朝一番に下足場で会えて嬉しかった。挨拶しか出来なくて悲しかった。
授業中に横顔が見れて幸せだった。目が合わなくて寂しかった。


後悔と達成感を、日々噛みしめて、噛みしめて、噛みしめて、

おとといは昨日に、昨日は今日に、今日は明日に。





――――明日は、もっと好きになる。






.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ