タルタロスも夢を見る
□プロローグ@彪流
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彪流はジャグリングでもするように、手の中で器用に酒瓶を遊ばせた。
クルクルと回して、後ろ手に放ってキャッチして―――気付けば瓶は、元通りカウンターに並んでいる。
彪流は慣れた様子でシェーカーを振る。煙草を吸うのと同じ身に染みついた仕種で、これがなかなか様になる。
注がれた液体は、グラスの中でのきれいな黄昏色になった。
おれはオレンジとブルーの層が混ざらないよう、そおっと舐めるように口を付ける。
彪流はこの飲み方にいい顔をしないが、おれはこの色を眺めるのが好きなのだ(おれが頑ななので、彪流ももう諦めた)
ちなみに客には様々なカクテルを振る舞う彪流だが、自分は焼酎ロック一辺倒である。べらぼうに強くて、おれは彪流が酔っているのを一度しか見たことがない。
彪流はカウンターに客がおれ一人なのをいいことに、煙草を銜えると火を点けた。
昔は「喧嘩の最中に息が上がるからやらない」と言っていたくせに、今では立派なチェーンスモーカーだ。
「あいつ、妙に男に好かれるんだよなァ」
彪流は煙に溜息を乗せて吐き出した。
「なんか出てんのか?フェロモンっての。
あいつに近づき過ぎると、免疫のねェ野郎はおかしくなるし、自分は違うと思ってる奴もいつの間にかペースを乱されてんだ」
言いながら、彪流はちらりとこっちを見る。耳が痛い。おれはその視線に気付かないふりをした。
彪流は灰皿に灰を落とすと、続けた。
「お前も知ってるだろ?あいつが転校するきっかけになった“アレ”」
おれは頷く。そのことは本人の口からも聞いていた。
雅生が以前にいた高校を辞めたのには、特殊な事情がある。それはもはや、『事件』であった。
雅生自身、その事件をこう呼んだ。
『那珂川雅生争奪バトルロイヤル』
……今なら、なんの冗談かと思う(しかし当時のおれは、なんの疑いも抱かず受け入れた。どうかしている)
「凄かったんだぜ」
彪流は“思い出すだけでうんざり”という顔をした。