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□ソレイユとフルール
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ソレイユとフルール
窓辺で。
ただ彼の淹れてくれるその香りだけを求めて鼻をひくつかせる。
珈琲の良さも・楽しみ方も、そんなお作法は何も知らないし、きっと私は今後も知ろうとはしないのだけれど、彼がただ一点だけを見て淹れているあの珈琲ならば、鼻をひくつかせるだけで、何かを感じられるかもしれないと、そんな錯覚を覚えるのだ。
そう、あの一杯に。
時折微笑みながら。
時折一点を見つめるフリをして、全く関係のない事を考えているあの顔が。
あの顔を 眺めていたいのだ。
「ああ、くだらない、」
どうしようもないくらい、彼を眺めているだけのこの時間にどんな名前を付ければ良いのか分からなくて、口から出たのはそんな言葉だった。
くだらない…、何が、だろうかと、考えようとして、すぐに頭(カブリ)を振った。
「 」
窓辺から、傾きかけた夕日が見える。
彼が淹れた珈琲は、とうに無くなってしまった。
陶器に茶色い年輪を作ったその中身の無い陶器は、ただの汚れたイレモノだった。
ただ、嬉しかったのは、彼がその主の居なくなったコーヒーカップをいつまでも自身の元に置いたままにしてくれた事だ。
「くだらない…」
もう1度だけそう口を開く。
彼の名残を手放したくなくて、汚れたままの陶器を眺めるだなんて実にふざけている。
それでも―――。
きっとこれは夢で、自身が良いように解釈しているだけなのだが、彼も時折自身が飲み干したこのカップを横目で眺めては薄く目元を綻ばせるのだ。
そんな風に見やるなんて、彼は私をどうしたいのだろうか―――なんて。
自分勝手に夢を見ては、今日もただ手をこまねくだけなのだ。
-end-(2018.05.29)