□恋人の声
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「向日」


「ん?」



「今日は言わんのか?」


「何を」




「退屈だ、って」





恋人の声








「言ってほしいのかよ?」


「そうじゃない」



退屈だ、というのは最近向日の口癖になりつつある。

一日一回は必ず言うのに、今日はまだ一度も口にしていない。



「俺と居るとき、いつも決まって言うじゃろ?」
 

なぜ今日は言わん?と言葉を続ける。



「つまんないって訳じゃねぇけど
お前と居るとなんか調子狂う」


容赦ないな。
でも、これは良い意味なんかの?



「どういう意味じゃ?」



ちょっと試してみる。
自覚はあるんじゃろうか。



「俺もよく分かんねぇけどっ!」



あ、怒った。
向日はすぐ顔に出るからわかりやすい。
これは本当に自覚なしらしい。

これは良いんか悪いんか。

どちらに運ぶも俺次第、って訳か。


神様もなかなかやるのぉ。
この詐欺師を欺こうとするなんてな。



「ま、どっちにしろ。
お前さんは俺を好きになる」


「はあっ!?」


大きな目をさらに広げ、
顔を真っ赤にして驚愕する向日。



「好きじゃよ向日」








「…それ、お前が俺のこと…す、好き…てこと…?」



沈黙を破ったのち、出て来たその言葉。




「さっきからそう言っとる」


「…ば…馬っ鹿じゃねぇのっ!
んな恥ずかしいこと言うな!
照れんだろ…っ」


やばい。
コイツ本当に可愛い。

ちとからかっただけでこの反応。

まあ、半分は本気だったんじゃがな。





「これから、お前は俺の恋人じゃき」


「……付き合ってられんのは冗談だけだからなー…」


呆れる向日の顔。
赤い面して言われてものう。










「なあ向日」



「あ?…………ッ!?」




唇を奪った。
振り向き様の一方的なキス。

ふっくらとした唇は柔らかく、
触れるだけでもそれは分かった。


小さなリップ音を発てて離れる。




蛸みたいに真っ赤な顔。
耳まで綺麗に染まっている。



口をぱくぱくさせて、固まったまま。
ああ。本気になってしまった。

とっくに本気にはなっていたはずの俺の心が、より深い所まで堕ちた。


















今俺にできること。


それは、



向日に俺への気持ちを自覚させること。





今は唇で伝えることしか出来ない、俺の奥深くにある感情。


いつか、言葉に変えて伝えようと思う。

















「……ほんと、退屈だ」



目を逸らした向日の言葉に、
あることを悟った俺は微笑んだ。





「お前さんは最初から、俺の手の平の上なんだよ」




とは言ったが、実際は余裕のない俺。



でも、


恋人の前なら格好つけても悪くないよな?




 


end。
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