□その寝言は
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その寝言は



「向日さん。いつまで着替えてるんですか?」

寒い冬。
俺は着替えの遅い向日さんより先に部室を出た。
部活が終わって汗をかいた体を、冷たい風が冷やす。
正直かなり寒いから早く家に帰りたい。

10分ほど経つがまだ部室から出て来ない。
一緒に帰ろうと言い出したのは向日さんなのにな。



あんまり遅いので、少し心配になって部室に入った。


そして今に至る。


「……寝てたんですか」


呆れ気味に溜息をつく。
心配した俺が馬鹿みたいだ。



「岳人、疲れちゃったみたいだね」

横から滝さんの声。

「はい」


向日さんの寝顔を眺めつつ、返事をする。


「外寒かったかい?」

帰り支度を済ませた滝さんが、ドアノブに手を掛けて言った。

「はい、かなり」


あの寒さで10分待たされたんだ。
確信持って断言できる。


「ふ〜ん、日吉は岳人にぞっこんだね〜」

「な……っ!?」


思わず滝さんの方を向いてしまう。
不適な笑みを浮かべていた。




「だって日吉、さっきから岳人しか見てないよ」


返す言葉がない……ッ。
滝さんはすごい人だ。
俺を黙らせることができる数少ない人物。

俺が向日さんと付き合ってることは内緒にしていたかったのに……。



「あの、できれば内密に…」

「分かってる分かってる〜。内密にね〜」


絶対分かってない。。
言い触らすつもりなんだ……。
滝さんの満面な笑顔を見て得したことはない。



この人に知られればもう遅い。

俺は潔く諦める。



「じゃあ日吉。俺皆に言い触ら…俺そろそろ帰るねー」


はあ。
明日は皆から冷やかされるな。





「向日さん。起きてください。
風邪引きますよ」


二人きりになった部室で、俺は向日さんの方を叩きながら声を掛けた。


「…んう………」

起きる気配のない俺の恋人。
長い睫毛に胸が高鳴った。

サラサラな赤い髪を撫でる。
潤いのあるつやつやな髪。


「ほんとに…あんたって人は…」


早く帰りたいと思ってはいたものの、
実際は満更でもない俺。

向日さんにはとことん甘いな。
滝さんが言ってた通りだ。


自分に嘲笑していると、向日さんが寝言を言い出した。


「ん……。日…吉…」


ドキリと肩を動かす。
俺の夢を見ているのか…?



「名前…呼…」

よく聞き取れない。






「………若」





「……………っ!」


数秒動けずにいた。
まさか、名前で呼ばれるなんて……。





だから滝さんは俺達が付き合っていることを分かったのか!

向日さんの寝言でバレたのか……。


悪い気がしないのは、この寝顔に毒気を抜かれたからなのかも知れない。








向日さん──。




お願いだからそういう恥ずかしい寝言は──。






俺の前だけにして下さい──。
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