□幸せなずぶ濡れ
1ページ/1ページ



「うわ…かなり降ってきてんぜ」


「朝は平気だったのになー」






幸せなずぶ濡れ









今日は生徒議会やら委員会やらが被って、部活が無しになった。

せっかくの休みなのに、土砂降りの雨が降っていてテンションが下がる。


少しくらいの雨なら平気な俺と岳人。

今朝は雨が降っていたものの、小雨だったので走って登校して来た。

だから、傘なんて勿論ない。


親切な誰かが貸してくれる訳もなく、
俺達は校舎の屋根の下で、雨が弱まるのを待つしかなかった。




「なあ宍戸」


土砂降りの雨音で岳人の声が聞こえにくかったけど、しっかり聞こえた。


「ん?」



内心心臓がバクバク言ってっけど、なんとか押し殺す。





「俺達、幼なじみ?」


「なに言ってんだよ。当たり前だろ?」



お前は俺の好きな人


なんて言える訳がない。

言えない俺……激ダサ。


今の関係が壊れるのが嫌で、友達で良いから近くにいたい、とか思ってる。



幼なじみという言葉が俺を締め付けた。


雨音は相変わらずうるさい。
でもそれが救いでもあった。


心臓の音なんか掻き消されるし。







「お前さ。好きな奴居んのかよ?」


1番聞きたいこと。
1番聞いちゃいけないこと。


沈黙が苦しいあまり、ついこの質問が口から出た。



岳人は少し儚げな表情を浮かべて、すぐにムッとして目を逸らす。




「……居るけど。俺、鈍感な奴嫌い」



そっか。
居んのかよ、好きな奴。

岳人が幸せになるなら応援する。

でも……──。



「お前も十分鈍感だけどなっ」


自分を嘲笑うかのように嘲笑してみた。
激ダサな自分が嫌いだ。


俺の気持ちに気付かないなんて、お前は鈍感過ぎるぜ。




近いのに遠い。


よく聞くフレーズだけど、
今ならその意味が分かる気がする。



結局、幼なじみって何なんだろう。



肩書きに過ぎない無形なもの。

歳をとる度に薄れていくもの。



こんなに掻き乱されてる自分に腹が立つ。


くそ……。



「………」


「………」




イライラしてきて、無性に走りたい気分に駆られる。

岳人もなぜかイライラしてるようだ。



「……なあ岳人。この雨ん中、走って帰んねぇ?」

「走って?」



岳人の傾げに頷いた。





この土砂降りの雨の中をおもいっきり走ったら。




何か晴れる気がする。




ただの勘でしかないけど。


岳人は面白そうとあっさり同意。
水溜まりを作る土砂降りの雨を、少し見つめた。


「……よし、走れ!」



まるで体育祭のリレーみたいな走り出し。

肩を並べてスタートを切った俺達は、周囲の目も気にせず、一心不乱に走るだけ。



何かを脱ぎ捨てる気持ちで、


何かを体全体で受け止める気持ちで、



雨の中をただただ走った。








家に着いた頃、予想通り俺達はずぶ濡れになった。


気分も晴れて、軽くなった。



岳人と目が合うと、どちらともなく笑みが零れた。



「ずぶ濡れだな、俺達っ」


「ああっ」



こんなたわいない会話が幸せで。

岳人の笑顔が見れるだけで幸せで。




俺は本当に岳人が好きだと改めて思う。






でも、岳人の汚点にだけはなりたくない。




自分の気持ちを犠牲にしても良いから、




今だけは岳人の近くにいたい。




 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ