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□たのみごと
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「ん」
「……なんですかこれは」
「見たら分かるだろ?ぬれせんだよ」
たのみごと
「いや、それは分かりますが…なんで?」
「好きだろぬれせん」
好きだけど、
いきなり過ぎてどう反応していいのか。
向日さんが俺に食べ物をくれるのはすごく珍しいこと。
しかも俺の好物……。
何か俺にして欲しいことでもあるのか。
「頼み事があるなら口で言えば良いじゃないですか」
ぎくり、とどこからか効果音が聞こえた気がした。
向日さんは少し頬を赤くして目を逸らす。
図星か。
「濡れ煎餅まで用意して…何がして欲しいんです?」
「…ぬれせん用意でもしなきゃ、お前は絶対言わない事だ」
俺の恋人はすごく可愛いと思う。
綺麗な赤い髪。
吸い込まれそうな青い瞳。
透き通った白い肌。
見た目に反して豪快な性格。
実は寂しがり屋なところ。
この人の良いところを挙げれば数え切れないほどだけど、こんなにこの人が可愛く見えるのは、恋人故の贔屓目だからだと思う。
「教えてくれないと言えるものも言えなくなりますよ」
「ぐぐ……っ」
だんだん押され始める向日さん。
今日は何となく素直だと思う。
「………お前に、[好き]って言ってもらいたい」
びっくりした。
まさか向日さんがそんなことを言うなんて。
「そんなこと…濡れ煎餅がなくたって言うのに」
こういう時、改めて愛しいと感じる。
そんなことしてまで、俺にたったの一言を言わせたがる。
耳まで真っ赤にさせて、手をギュッと握って。
本当に可愛い人だと思う。
「お前、あんまりそういうの言ってくれないから…くそくそっ」
赤面した向日さんから出た口癖。
多分照れ隠しのつもりなんだろう。
その全てがギャップだらけで可愛い。
「俺がちゃんとあなたのことが好きなのか、そんなに不安ですか?」
「……ん」
今日はどうしたんだろう。
この人、今日は本当に素直だ。
たまにはこんな向日さんも悪くないが、ここまでしおらしいと緊張してしまう。
「お前の気持ち、ちゃんと分かってんだけど…、なんつーか、言葉とか形とか欲しくて…。
って何言わせんだよ!くそくそっ」
向日さんが勝手に言い出しただけ。
こういう面倒臭いところも愛しい。
向日さんは形を欲しがっていたのか。
真っ赤な顔にある大きな青い瞳。
鮮やかな赤い髪を掬い上げると、向日さんの柔らかい唇に自らの唇を重ねた。
「ん…っ」
驚いたのか目を見開いて、俺の胸をバンバン叩く。
この体格差だから、当然俺はびくともしない。
角度を変えて何度もキスを交わす。
そのうち向日さんも応えてくれるようになった。
久しぶりのキス。
したくなかった訳ない。
大事にしたかったから。
でも、向日さんが望むなら、俺はもう我慢しないですよ。
「…ひ…よぉ…」
時折漏れる声が俺を熱くさせた。
何度か唇を重ね合わせ、ようやく向日さんを俺から解放させると、銀色の糸が名残惜しそうにひいた。
顔は赤く火照っている。
いつもよりもいっそう、綺麗に見えた。
「……っにすんだよ、いきなりっ!」
とは言いつつ、
実際は満更でもない様子の向日さん。
「これが俺の気持ちです」
口元に微かな笑みを宿して、真っ直ぐ青い瞳を見据えた。
「………っ」
顔を真っ赤にしてるこの赤髪が可愛い。
先輩だけど先輩らしくない。
そこがまた魅力的。
「……なあ」
急に小さな声が聞こえた。
「…?」
「…ぬれせんはねぇけど、
もう一個頼み事していいか?」
「もちろん」
腕の中にいる向日さんを優しく抱く。
「…もう一回、き…キスして欲しい」
俺の胸に頭を押し付けて、表情を見せないようにしてる。
この人が愛しくて仕方ない。
答えはとうに決まってる。
「当たり前です」
こちらを見上げた赤い唇に、再び温もりを乗せた。
声に出さなくても、唇から伝わってくる。
好きだ、という真っ直ぐな恋人の気持ち。
今までも、
これからも、
ずっと、あなただけを好きでいます。