□バレンバースデー
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「ねぇ日吉っ!
今日なんの日か知ってる?」


清々しい朝。
今日は俺の機嫌が一段と良い。

満面の笑顔で尋ねると、日吉は俺が予想してたのと逆の対応をした。



「はあ…?」


このたったの一言で、俺は心に傷を負う。



「ひ、ひどい!今日は俺の誕生日だよ!」


そう。今日は俺の誕生日。
バレンタインデーだなんて、なんて覚えやすい日なんだろう。



覚えてくれてなかったんだ……、
あんなに"バレンタインの日"って言っておいたのに。

くそ、日吉め。


朝っぱらからそんなにたくさんチョコレート貰って…。
食い散らかして糖尿病になればいいんだ!!


心の中で暴言を吐きながら、俺は女の子達から貰った誕生日プレゼントやチョコをかばんに詰めた。
入り切らないので、紙袋が必需品。




「お、いたいた。おーい長太郎!」


廊下から聞き慣れた声。
声の主はやっぱり宍戸さんで、何か小さな箱を持っていた。

多分、俺の誕生日プレゼント。

宍戸さんは面倒見が良いから、
ダブルスパートナーの俺になにかと優しくしてくれる。


宍戸さんの元へ行こうとしたら、同学年の女の子達で宍戸さんが見えなくなっていた。


「宍戸先輩ー!私のチョコ受け取って下さいっ!」

「まさかこんな所で会えるなんて…!!」



女の子の黄色い声が耳に響いた。
中には泣く子も……。


人気だな……さすが宍戸さん。



「お、おい!
分かったから後にしてくれ!」


真っ赤になった宍戸さんがようやく女の子達の中から出て来た。



「ほらよっ」


投げられた小さな袋には、ビターチョコとテーピングが入っていた。

どう見てもミスマッチだけど、かなり嬉しい。

この人のことだから、何十分も悩んだんだろうな、とか考える。

すごく微笑ましい。








「すごいな、宍戸さんの人気」


宍戸さんが女子の勢力に流されて行ってしまった後、日吉が口を開く。


「そうだね。跡部さん程じゃないけど、ほんとすごいや」


「じゃあそろそろ俺教室戻る」


珍しく俺の教室まで来た日吉。
その理由は、彼が去った後に気づいた。



机の端っこに、小さな箱。
開けたらそこに、濡れ煎餅とリストバンドが。

一瞬で分かった。


日吉はきっと、照れてたんだと思う。

さっきは興味ないふりして、
ちゃんと覚えててくれたんだ。
それが嬉しかった。







そんなこんなで、みんなからいろんなプレゼントを貰った。

抱き枕とか伊達眼鏡とかグランドピアノとかストップウォッチとか。




みんなが俺の誕生日を覚えててくれたのが嬉しくて、大事なことを放課後まで忘れていた。






「(向日先輩から…祝ってもらってない)」


プレゼントが欲しい訳じゃない。
チョコが欲しい訳でもない。

ただ覚えてて欲しかった。


俺の好きな人。
今日でやっと、年の差が元に戻ったのに。


向日先輩の性格はよく知ってる。


「忘れちゃったのかな……」


豪快な人だから、忘れるのも無理はない。








「おーいちょた!一緒に帰ろうぜ!」


「……っ!」


廊下には向日さん。
クラスメート達は、みんな帰り支度をしている。

両手には大きな紙袋を4つも持って、今にもチョコが雪崩落ちそうな迫力。


「今年もすごいですね、向日先輩」


いつもの笑顔で近寄る。
平常心、平常心。


「こんなに食べたら太っちまうよ」


小さな溜息を紙袋に向けると、また
一緒に帰ろうと言った。


「はいっ」









綺麗な赤髪を揺らしながら、俺達は帰路についた。


「……向日先輩は、今日が何の日か…知ってます…?」


一応聞いてみた。
怖くて躊躇ったけど、このままだと後悔する気がして。


──後悔だけはすんなよなっ──


よく向日先輩が言ってたのを思い出した。


「くく…っ、お前まじ面白いっ!!」


「へ……?」


急に吹き出した向日先輩。
俺は当然首を傾げた。


「そんなにプレゼントが欲しいのか?」


「いえ!そんなこと…っ!
ただ覚えてて欲しかったなぁ、て」







ちゅっ




一瞬。
ホントに一瞬。

甘い香りが鼻をすり抜けた。

それと同時に、唇に感触が残っていることに気がついた。


今……、キス…された…?







「バレンバースデー!!」


向日先輩の笑顔を見たとき、
初めてチョコや物よりも嬉しいプレゼントがあることを知った。

ありったけの気持ち。


そう思うのは、向日先輩のことが好きだから…?

それとも、両想いだということが分かったから…?


でも、今はそんなのどうだっていい。


この小さな可愛い人を抱きしめたい。



「……大好きです」


この人に、俺のありったけを届けよう。


この一言に乗せて
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