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□ジグソーパズル
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二人で黙々とパズルを埋めていく。
『あら岳ちゃん。遊びにきてたの?』
『はい。お邪魔してます』
母さんが途中で買い物から帰ってきた。律儀な奴。
幼なじみの家くらい、自分ん家だと思っても良いのに。
岳人が母さんと話してる間も、俺はパズルをしていた。
早く完成させたくて。
泣いてばっかりだった岳人に、笑ってほしかったのかも。
『出来た!出来たぞ岳人!』
『亮すごいっ!』
俺が思ってた通り、岳人は喜んでくれた。
『…でも、真ん中だけはまってないよ?』
『そうだ。この最後のピースはお前に預ける』
『おれに?』
『お前が自分のことを強くなったと思ったら、俺に返しに来い』
───────────
「あの日からお前、だんだん俺と遊ばなくなったよな」
「宍戸だけじゃなく、滝やジローともだぜっ」
なぜ、との意味を込めて首を傾げる。
[宍戸]と呼ばれたときに胸が痛くなったのは、気のせい。
「お前達に甘えないため」
お前達幼なじみと一緒にいると、いつまでも強くなれないから。
と岳人は言葉を続けた。
「夢見て思い出したんだけど、俺は強くなった。
だから受け取ってくれよな」
昔よりも大きくなった小さな手に握り締められたピース。
小さな赤い髪が、俺に目掛けて目一杯手を伸ばして渡してくる。
正直言えばすごく愛らしいというか何と言うか…。
この気持ちは多分、幼なじみとしての…─。
いや…それとも…─。
「あらがっくん。遊びにきてたの?」
ノックもせずに部屋を覗いてきた母さん。
手には買い物を終えた袋。
あの日とリンクした母さんの台詞。
ただひとつ違うのは、呼び方。
何年も一緒にいれば呼び方は自然と丸くなっていく。
長太郎や若なら、[先輩]から[宍戸さん]に。
跡部だって最初は[滝]だったのに、今では名前だし。
岳人は?
忍足を名前で呼んでるじゃん。
昔から苗字で呼ばれてる人は、それが当たり前になってると思う。
だけど名前から苗字に変えられた人は?
呼び方をいちいち気にする俺がおかしいのか?
女々しいのか?
わがままなのか?
どうやってこの虚しさをごまかせばいい?
「ああ。お邪魔してるぜ……って
おばさん、さっき俺が挨拶しに行ったじゃんっ」
「ああ、そうだったわね。買い物で頭いっぱいだったからすっかり忘れてたわっ」
たわいない会話。
俺は固まったままだった。
「もしかしてお二人、取り込み中だったかしら?」
「ち、ちげぇよおばさんっ!」
必死で弁解しようと試みる岳人を見れなかった。
母さんが怪しげに笑いながら部屋から出て行った。
嵐が去った後のように静まる俺の部屋。
「岳人。貸せ」
「あっ!?」
いきなり俺にピースを奪い取られた岳人は素っ頓狂な声をあげる。
「お前は充分強くなった」
「宍戸…?」
「ほんと言うと…、お前が離れてくみたいで、少し淋しかった」
気がつくと、俺は岳人を抱きしめていた。
「りょ……宍戸」
「お前が好きだ。幼なじみとしてじゃなく」
今更気付いた気持ちを、
今更お前に伝えようと思う。
今思えば分かる。
イジメから岳人を守ってたガキの頃の俺の気持ち。
俺は昔から、岳人のことが好きだったんだと。
俺も……亮のことが好き……───。
岳人は泣きながら言った。
俺も泣きそうになった。
俺を苗字で呼ぶようになったのは、男の俺をそれ以上好きにならないように。らしい。
岳人も昔から俺のことが好きだったと思うと照れる。
照れ臭そうに笑う岳人の頭を撫でる。
この赤い髪が可愛くて仕方ない。
それは多分、
このジグソーパズルをしたあの日から、
何ひとつ変わってない、と思う。
幼なじみを好きになって、良かった。
End。