短文。

□キスの記念日
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『あ、今日って何の日だか知ってる?』

『今日、ですか?……何か特別なことってありました?』


学校からの帰り道、急に振られた話題に今日のスケジュールを思い返す。

いつものように登校して、授業を受けて、放課後は部活。
そのすべてが無事に終わっての下校が今。

試験があったわけでも、知り合いの誰かの誕生日でもない。

隣を歩く一つ上の沖田先輩の誕生日は夏。
私は秋。
斎藤先輩と平助君は冬。

他に数人の顔が浮かんだけど、その誰もが誕生日は今日ではない。

こうしてわざわざ話題にするのは、きっとそれが特別なものだからだと思うけど何も浮かばなかった。

何度も首を傾げる私を見て可笑しそうに笑った先輩。


『今日ってキスの日、なんだって』

『えっ!?ぁ…そ、そうなんですか……?は…初めて知りました』

『らしいよ。僕も初めて知った』


いつもは意識をしない馴染みのない単語にドキドキしてくるのがわかる。

これだけのことで熱を持ちはじめた顔を見られたくなくて、いつもは先輩を見上げる顔をバレないように俯けた。

でも…


『あれ。千鶴ちゃん、どうしたの?顔が赤いようだけど』


せっかく俯いた顔を覗きこんでどこまでもわざとらしい言葉。

いつもより近い距離にうるさかった心臓がもっと騒ぎだす。


『気のせいです!ゆ、夕陽で赤く見えるんだと思います』

『そう?…それにしても夕陽、ね』


今、何時か知ってる?と笑いを含んだ声。

確かに今日はキレイな夕焼けだった……30分くらい前までは。

今はもう夕焼けの名残と深い紺色の、何度見ても不思議なグラデーションが空を覆っていた。


…嘘をつくならもっとましな嘘をつけばよかった。


でも二人きりというシチュエーションとこの距離にようやく少し慣れてきた私は、いつもより近い距離にパニック寸前。
なのに先輩はまだおかしいのかニコニコ笑っている。

この【一つ年上】という差が数字以上に大きく感じられる余裕が、羨ましいを通り越して恨めしい。


『あ、千鶴ちゃん』

『はい?』


名前を呼ばれて顔を上げた瞬間、ちゅっ、と聞こえた軽い音。



『…え』



次の瞬間にはいつもの翡翠色の瞳と目が合った。


『千鶴ちゃんのファーストキス、もらっちゃった』

『………え?』


自分の唇をぺろっと舐める先輩の仕草を見て
私は自分の唇に無意識に触れる。

あまりにも急な出来事に頭がついていかなくて、呆然とする私に


『千鶴ちゃん?』


と、目の前でひらひらと揺れる手のひら。

その奥に見えた瞳にさっきの出来事が一気によみがえる。






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