想いの行方(仮)

□見えないこたえ
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その瞬間はいつも、頭で何かを考える前に身体が勝手に動き出している。


「っ!」

「あ……ちづ…」


私の名前を呼ぶはずだった声を聞かなかったことにして、進行方向とは反対に身を翻す。


「ちょっ、千鶴ちゃん!?」


今度ははっきり聞こえた、私を呼ぶ声を振り切って走り出した。

行かなきゃいけない場所があるとか

やりたいことがあるとか

あの人が何をどう思っているのかとか

そんなことを考える余裕なんて、ありはしない。
そもそも、私にあの人を理解できるはずがないんだけれど…。





もう何度も辿った道を全速力で駆けて、壊れるんじゃないかというくらいの勢いで障子をひいてその中へ身体を滑り込ませる。

そして思いっ切りその障子を閉めた。

作法も何もない乱暴な行為に華奢な障子はばしん、と盛大な悲鳴をあげるけど、今の私にそんなことを考えられる余裕は無い。

その場でヘたり込んで、乱れた息を整えるために何度も肩で大きく呼吸を繰り返した。

詰めていた息を吐き出して、少し墨の香りが混じった空気を思い切り吸い込む。

…最近この空気を吸うとなんだか落ち着く。

今の私にはこの屯所で一番安全な場所かもしれないから。


「…いつもいつも、急に入ってくるんじゃねえよ」


部屋の主が怒っていると言うよりは呆れた視線をちらりと寄せて、手元へと戻す。
急に、と言うわりに落ち着いているように見えるのは、この突然の訪問が始めてではないから。

ここにあの人は来ないとわかってから、私はいつもここ―――土方さんの自室に避難していた。

土方さんの声にその方向をみると手に筆が握られている。
文か何かをしたためていたのかもしれない。


「…ぁ……す、すみま…せん、でした…」


まだ整わない息に何とか謝罪の言葉をのせて頭を下げた私に、ああ、と小さく返ってきた土方さんの声。
聞く限りでは怒っていなさそう。


最初こそは無断で部屋に入ってくる私に怒っていたけれど、何かを察したように途中から何も言わなくなった。
…というか察したもなにも、その原因について心当たりが一つしか無いからすぐバレた、と言った方がいいのかもしれない。

できれば私だってこんなことはしたくない。
自分の立場がこれ以上悪くなるような行動をとりたくない。

でも…


「おまえもたいがい、運のない奴だな」

「…え?」

「なんだってあんな奴に気に入られちまうかね」


私から見える横顔には唇に薄く笑みが浮かんでいて、声にはほんの少しのからかいの色。

聞きようによっては同情しているような言葉も、その表情と声音が違うと教えてくれた。


「…他人事だと思って……面白がってませんか?」

「実際、他人事だしな。それに今のところ俺に害はねえし」

「…私には大問題なんですけど」

「おまえには、な。でもおかげで仕事が捗るぜ」

「仕事、が…?」


この状況と土方さんの仕事が捗ることと、なんの関係があるんだろう。

さっぱりわからない。


「あいつは昔っから、なにかと人に絡んできやがる。おまえがここにいるとあいつが近づかねえからな。面倒がなくて楽だぜ」


土方さんはそう言っていたけれど、私が知らないところで沖田さんが土方さんに嫌がらせをしていたらしい。

他人事だと言っていたのに、そのことについて何も言わなかったのは土方さんなりの気遣いだったのかもしれない。

それを私が知ったのは、ずっと後だったけれど。





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