短文。

□たったひとつだけ…【前編】
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2月14日―――





たいていの男子なら浮き足立つ日は、僕にとっては一年で一番面倒な日かもしれない。


『…誰が決めたんだろうね。今日はチョコを渡す日、なんてさ』

『…さあな』

『しかもチョコを渡すだけじゃ飽きたらず、告白もセットだったりするし』

『でもさ、総司の場合、嬉しいんじゃねえの?チョコ貰えて』

『嬉しいよ。ただの、純粋な、何の意味も含まれていないチョコならね』


今日この日、男が集まって話す内容は、多分みんな似たようなことだと思う。

僕たちもご多分に漏れず……というか、あまりにもうんざりし過ぎて、らしくなく自分から話題をふってしまった。

廊下の窓からは、一年生の教室が見える。
いつもならそこにいるはずの人物が見当たらず、少し探してみてもどこにもいない。

トイレにでも行っているのかな、と今は諦めて、窓に背を向けた。

いつからだったかは覚えていない。
最初の頃はチョコを貰える日、程度のものが、チョコもいらないから放っておいてほしい日、になった。

毎年毎年、顔も名前も知らない相手から下駄箱やら机、時には鞄の中、と常識をわきまえない相手からチョコを送られ続けた。

なかには呼び出されたこともあった。
その時は面倒だったけど、考えてみたらその方法が一番よかったのかもしれない。
その場で断れるし、なにより衛生的にいい。


『だいたいさ、下駄箱に食べ物って有り得ないでしょう、普通。トイレとかに行った靴が入ってるんだよ?そこに入れた物を食べてって、何考えてるのさ!』

『なにそんなにキレてんだよ。そんなのいつものことだろ?今さらじゃん』

『今さらでも何でも、人としてどうなのかってこと!あ〜あ、いいよね平助は。チョコ貰えないからこんなこと考えなくてすむし』

『なっ!俺だってチョコくらい貰ってるっての!』

『へぇ…。どうせ全部義理ってオチじゃないの?』

『う…うるさいな!チョコにはかわりないだろ!』


ちょっとからかうつもりで言ったのに、ここまで過剰反応するってことは図星なんだな。
相変わらず平助は分かりやすい。
分かりやすいから付き合ってても楽なんだけど。

平助を弄ってちょっとだけスッキリした僕は、反対側の隣に立つ一君に声をかけた。


『一君は?』

『…何がだ』

『何が、じゃなくてさ。今の話の流れで、チョコ以外の何があるって言うのさ。今のところ何個貰ったの?』

『……それなりに、とだけ』

『それなり、ね』


それなり、と言いながらロッカーの中には、貰ったチョコがいっぱいに詰められた紙袋が、2つほど隠されていることを知っている。
多分家に着く頃には、もう一つは増えているんじゃないかな。






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