想いの行方(仮)
□戻ってきた日常(前編)
1ページ/4ページ
それは冬に向かい始めた今日この頃、ある暖かい日のこと…
「すみません、斎藤さん。せっかくのお休みなのに手伝っていただいて…」
「気にするな。どうせ暇を持て余していたところだ」
それに、と視線を向けたのは私たちの目の前にうずたかく積まれた、取り込んできたばかりの洗濯物の山。
「これだけの量だ。一人では日が暮れてしまうだろう」
今日はこの時期にしては珍しく暖かく、最近ではなかなか乾くことがなかった洗濯物も半日足らずで乾いてくれたのだ。
「でも…斎藤さんも鍛錬とかあったんじゃ……」
山と積まれた洗濯物から庭に視線を移せば、洗濯物を取り込んだことによってできた場所で竹刀と、槍に模した演習用の長い棒を持った平助君、永倉さん、原田さんが稽古をしている。
それを土方さんと近藤さんが談笑しながら見ていた。
土方さんが自室から出ているなんて珍しいけど、いつも仕事を抱え込みすぎるきらいがあるから。
たまにはこんなふうにゆっくり過ごすことはいい気分転換になるだろう。
それに近藤さんも。
いつも幕府の偉い方々と会合やらなにやらで忙しいみたいだから、こんなふうに皆が揃って笑っていられる時間は久しぶりかもしれない。
でも稽古をしている3人を見ながら、時折冷やかしを入れる土方さんに知られてはいけないことがあることを、私は知っている。
この稽古と称した勝負の結果で今晩の呑みのお金を誰が払うか賭けていたのを聞いてしまったのだ。
直接的な金銭のやりとりこそないものの、賭けの話を土方さんに知られたら『叱られる』どころの騒ぎじゃないことは火を見るより明らかだ。
それに斎藤さんも。
人一倍、武士にこだわる彼のことだ。
賭けの話を聞いたらどんなふに思うか。
(まさか土方さんみたいに怒ったりしないと思うけど…)
斎藤さんが感情的になって怒るところなんて見たことがないから想像できない。
どんなふうになるのか少し興味はあるけれど、わざわざ斎藤さんが怒るかもしれないことを話す必要もないし、できることなら耳に入れないほうがいい話なんだと思う。
だから誰にも知られないように…私からは何も言わないで、手だけを黙々と動かした。
「鍛錬は日頃から欠かしてはいない。これくらい手伝うぐらいでどうにかなるような鍛え方はしていないつもりだ」
そう言って、斎藤さんはちょっとだけ笑う。
ほんの少しでも感情を表に出した斎藤さんを見るのは久しぶりかもしれない。
薄く笑みを浮かべた斎藤さんからは自信と余裕すら感じる。
それも日頃の鍛錬が与えてくれるものなんだろう。
普段の行いのたまものなんだと思う。
それにひきかえ…ここにいない、約一名。
斎藤さんとは真逆でいつも笑顔を張り付けている、沖田さん。
その笑顔は本当に笑っていたり、呆れていたり、怒っていたり…感情の数だけ色々あるけれど、考えてみればあれも自分に自信や余裕がないとできないことなのかもしれない。
それだけの実力がある、と言外に態度で示して。
あの笑顔は下手に言葉を重尽くすより威圧感があるから。
でも…
普段から私を『殺すよ』と脅している人でも、あんな姿を見せられた今は、怖いなんてちっとも思わない。
私は今朝、朝食に顔を見せないため部屋まで呼びに行った時のことを思い出してため息を吐いた。
。