想いの行方(仮)

□幸せの在処
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おかしいな、と思い始めたのはいつだったのか。


顔を合わせれば逃げられて。
そうでなければ誰かの背に隠れたり、俯いたまま何も言わず目も合わせてくれなかった。

なのに…。


「あ。おはようございます、沖田さん」

「ああ、うん。おはよう」

「今日はお一人で起きられたんですね。でも皆さんはもうお揃いですよ。沖田さんも急いでください」


そう言って笑う千鶴ちゃんは以前の―――僕が悪戯をする前の彼女と同じ。

少し前までの、一目散に逃げていた彼女はどこに行ったのか。
当人が目の前にいるはずなのに、全くの別人に感じてしまう。

もちろん、逃げられて嬉しいわけじゃないけど、訳の分からないこの状況にすんなり馴染めるわけなくて。

たぶん皆の朝ご飯であろう、重ねたお膳を持って慎重に歩く千鶴ちゃんの横にさりげなく並んでみても、特に反応もない。
こぼさないよう夢中になっているせいで、気付かないんだろうか。

彼女の様子をちらりと伺うと目があう。
けれどそれは一瞬で、すぐさま逸らされてしまった。

…逃げられないだけマシ。

自分に言い聞かせるけど。

だけど、微妙に落ち込むんだってば。

千鶴ちゃんに悟られないよう、いつもの顔を張り付けて、彼女の手からお膳を奪う。


「え?あの…」

「どうせ行き先は同じだし、持つよ」

「あ、ありがとうございます」


前を見たままだったせいで、彼女が今、どんな顔をしていたかは分からない。
どうせまた視線を逸らされるって分かってるから、極力見ないように、なんて、ちょっと前まで逃げ回っていた千鶴ちゃんと何が違うんだろう。


時間がたてば、なぜか苛立ちに変わるこの感情。

やり場がないから誰にも言えなくて。ずっと胸の内にくすぶり続ける。

そして気づけば、残る感情はいつも同じ。

矛先は千鶴ちゃんに、じゃなくて、自分に。



もっと早くにこの気持ちに気づけていたら、今の状況は変わっていたんだろうか。

そもそもの発端に至るあの時、どうしてあそこまでしてしまったのか。

いまだに、時々持て余すこの感情が本物だって、どうして言い切れるんだろう。



初めてだらけで、考えれば考えるほど自分の思い通りにならないことばかりが頭に浮かんで、苛立ちが募る。

そして



…何も気付かずにいたら、もっと楽だったんじゃないのか。



とか、しまいには僕らしくない消極的な考えまで浮かんでくるんだ。

楽しいことなんて一つもないし、苦しいことばっかりだし。


(…こうして少しでも近くにいることができるのが嬉しい、とか思っちゃうし)


意味が分からない。
自分のことなのに、全然制御できない。

これが人を好きになるってことだとしたら、世にいる恋仲になることができた人たちを、少し尊敬するかも。

その二人は、今の僕の状況を乗り越えた、ってこと。
…まあ、全く同じってことはないだろうけど。

でも、どうすることもできない相手の気持ちを自分に向けることができたんだから、すごいと思う。






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