想いの行方(仮)

□甘い言葉にご注意を!
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ほこほこと立ちのぼる湯気

そして食欲をそそる甘い香り

最近はあまり口にできなくなったこの手のもからつい目が離せなくなる。



私、雪村千鶴は今は男装こそしているものの、中身はれっきとした女の子。



女の子と言ったら甘いもの
甘いものと言ったら女の子



というのは古今東西の常識なのです。

ただ、目の前にいるこの人にその常識は通用しない。

というか、常識?なにそれ?と答えが返ってきそうな気がするのは私の思い違いではないはず。


「あれ、食べないの?嫌いだった?」


目の前に運ばれてきた誘惑の塊に、どうすれば…、と悩んでいた私に不思議そうに尋ね、同じく目の前に置かれたものを食べ始める。

声の主は泣く子も黙る新選組の、一番組組長の沖田総司…さん。

食べ物に恨みはないし、私は沖田さんの言葉に小さく首を振っていただきます、とその匙をとった。

目の前に座る沖田さんはなにが面白いのかずっと笑ってばかりで。そこそこに賑やかなこの茶店には、そんな彼が新選組の組長だなんて思う人はいないみたい。


『隊服を着てなきゃ意外とわからないし、表だって拒否したりしないものだよ』


このお店に入る直前まで渋る私に言った言葉は本当だったらしい。

でも考えてみたら、そうじゃなかったらみなさんが食べたり呑んだりする事ができないということに、今更ながら思い至った。

でもそんなことは今の私には些細なことで、渋っていた理由は別にある。


…沖田さんと二人きりは、避けたかったから。


これに尽きる。

厳密に言えば店内にはちらほらと客がいるため、『二人きり』ではないけれど。

でもそれこそ些細なことで、この場に誰も知り合いがいないということが重要。

なぜなら私が話すとなると、その相手は沖田さんしかいなくて、沖田さんにとってもそれは同じこと―――私しかいない。

口を開けばその言葉は、確実に目の前に座る人物へ投げかけられる。

聞こえないふりをするのも気が引けるし、そんなことをしてもしそれがわざとだってばれたら…考えたくない。



四回も聞いた【好き】という言葉。

今でもこんな私のどこが、と悩んでしまう。

下に向けていた視線をさりげなく店内に巡らせれば、少し離れたところに座っている数人の女の人から向けられている視線とぶつかる。

もちろん私を見ているんじゃなくて、その視線のが向かう先は沖田さんだ。

沖田さんは嬉しそうに、そしておいしそうに汁粉を口に運んでいる。
周りからの視線なんてものともしない。
もしかしたら気付いてすらいないんじゃないだろうか。

いくら私でも、男の人が至福の顔でこんなところにいることが珍しくて、奇異の目で見られているんじゃないってことくらいわかる。

新選組の羽織を着ていれば向けられる畏怖の視線も、今は興味と好意。
もしかしたら恋情も含まれているのかもしれない。

意地悪で悪戯好きで、すぐに『斬っちゃうよ』って言うことなんて、知るはずがないから。


(……沖田さん、顔はいいいから…)



知らぬが仏―――



この言葉が、こんなにもしっくりくる状況を、私は知らない。







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