想いの行方(仮)

□亀裂
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どれだけ、こうしているのかわからない。

吐く息は白く、指先はだいぶ前からかじかんで、感覚はほとんどない。

震えるくらいの寒さを、膝を抱き寄せることで凌ぐ。

もう少し…、あと少し…、と思いながら、私はいつまでも動けなかった。


もしかしたら、今日は帰ってこないのかもしれない…


あり得ないことだけれど、そんな考えすら浮かんでは消えた。


(もう一度だけ……百を数えたら…)


今日はもう、部屋に戻ろう。
何度目かの数字を読み上げる作業を、心の中で始めたときだった。

少しずつ近づいてくる、無造作に地面を擦る音。

いつもは背後への接近にも気づかないほど音を立てず、私に悟られることなく歩く人なのに。

初めて聞いた音に顔を上げれば、そこに見えたのは予想通り、沖田さんだった。

どこか気だるそうに見えるのは、帰るのが遅くなった原因のせいだろうか。

腰を下ろして草履を適当に脱ぎ捨てて、大きく吐いた溜め息。

こんなに近くにいるのに気づいてもらえないなんて、余程気が弛んでいる証拠。

いつもと違うのは、外で楽しい時間を過ごしてきたからなんだろう。


「……っ」


軋む胸を押さえて息を飲んだ。


「うわっ!千鶴ちゃん!?」


ようやく私に気がついた沖田さんが驚きながら後ずさる。

何をしているの、なんて聞かれても、私にもわからない。

何か用事があったわけでもないし、待っていたわけでもない。


「…おかえりなさい」

「え…?あ、うん、…ただいま」


それが言いたくて、こんなところに居たわけじゃない。

じゃあ、どうしてなんだろう。

動こうとしない私とは対照的に、どこか急いで立ち上がるその後を追うように腰を上げる。

その時だった。ふと鼻を掠めたのは、独特の香り。


(ああ…。やっぱり…そう、だったんだ)


確信に変わった予想。

最初から分かっていたことだけれど、こうもはっきりと示されると、驚くよりも違う感情で胸が埋め尽くされる。

それはひどく嫌な、気分が悪くなりそうな感情だった。


「遅かったんですね」


皆さんは、とっくに帰ってきているのに。

沖田さんだって、知っているはずなのに。

どうして今日に限って、沖田さんだけが遅れて帰宅するんだろう。

その答えが、聞きたかったのに。


「ああ…うん、まあ…。色々と…」

「…そうですか」


濁した言い方は、私に気をつかってのことだろうか。
そんな言い方をされなくても、何も知らない子供じゃない。

察することができる要因は他にもある。解かれている髪も、その一つ。

ここで知らないふりをするのが、大人なのかもしれない。

彼が何も言わないのなら、それ以上を詮索する立場に、私はいない。






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