想いの行方(仮)

□痛
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理由が分からない涙が止まらない。

悔しいのか、悲しいのか、苦しいのか。

その全部なのか。

胸の中に渦巻く感情がなんなのか、分からないのに。

どのくらい、そうしていたのか。


「千鶴ちゃん、ちょっといい?」


不意に聞こえてきた声に、大きく肩が跳ねた。

それは、今一番聞きたくなくて、会いたくない人のもの。
私は口を両手で覆った。

呼吸も、外へ漏れないようにと、浅く慎重に繰り返す。

居留守を使ってしまおうか、と悩んだ。

返事をしなければ、私は不在だということで諦めてくれるだろうから。


「…もしかして、寝てる?」


でも聞き方が、私がこの部屋にいることを前提にしていることに気が付く。

そういえば、気配には聡い人だ。
もしこのまま障子を開けられでもしたら、居留守がばれてしまう。

そうなったら…。

しかも昨日の一件。

後ろめたいことは、少ない方がいい。


「…います。ちょっと、待ってください」


震える声を抑え込み、濡れた頬を急いで袖で擦る。
乱暴にしすぎたのか、かなり痛かったけど、痛みで頭が少しすっきりした気がするし、何より一番大事なことは解決した。

深呼吸を、一つして。

私は障子に手をかけた。


「…何かご用ですか?」


もう少し、可愛いげのある言い方ができないのだろうか。

自分がしたことなのに、他人事のように思ってしまうあたり、もう救いようがない。

でも相手は沖田さんだ。
そんなことに気を使う必要性を、今は感じない。


「あ…のさ、隊服。僕の、知らない?」

「……あ」


そういえば、まだ渡していなかったことを失念していた。
早い方がいい、と思って、昨夜は待っていたはずなのに。


「少し…待っていてください」

「うん」


素直に頷いてくれた沖田さんを廊下に待たせ、文机の上に畳まれたものを手に取る。

そこで気がつく。

いつもだったら、忘れていた私を責めたりからかったりしていたはずなのに、と。

なのに、それがない。

普通の人がする、普通の反応をされたはず。

なのに、違和感が大きすぎて変な気分。


「…お待たせしました。遅くなってしまって、すみません」

「いや、使うのは明日だから、別に平気なんだけど」


だったら、どうして今、取りに来たのだろう。

気になるけど、聞くことができない。

けれどきっと、少しでも早く手元に置いておきたかったんだろう。
有事が起きてから探すのでは遅すぎる。

私の手からなくなってしまった隊服は、沖田さんが持っている。

これで用は済んだ。


「他にご用がないのなら、これで失礼します」


一礼をして障子を閉めようとした。
そのとき、私が動くより早く、遮られた。


「あのさ……何か、した?」

「え?…ああ。ほつれがあったので、直しておきました…けど。…いけませんでしたか?」

「いや、そっちじゃなくてさ…」


最初は意味が分からなかったけど、すぐに隊服のことだろうと気がついた。

だから正直に答えたのに、なんだか怖い顔をしている沖田さんの雰囲気にのまれて、徐々に小声になっていく。

普段から気がつけばしていたことだったけれど、本当は気に入らなかったんだろうか。

けれど、私の答えは見当違いだったらしい。
肩透かしを食らったように、沖田さんの声が若干和らいだ。

でも、そっちじゃない、って他に何があるんだろう?

考えても、思い当たる節は見当たらない。


「昨日、様子が変だったから」

「…っ」


けれど、思いもよらなかった沖田さんの言葉に反応してしまった私を見て、彼はやっぱり、と呟いた。


「もしかして、僕が何かした?」

「…そんなことは…」


あるのか、ないのか。
問われても、答えることができない。

直接なにかをされたわけじゃない。
けれど、全く関係がないわけでもない。

騙していた沖田さんが悪いけれど、素直に信じていた私も悪かった。





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