想いの行方(仮)
□痛
1ページ/3ページ
理由が分からない涙が止まらない。
悔しいのか、悲しいのか、苦しいのか。
その全部なのか。
胸の中に渦巻く感情がなんなのか、分からないのに。
どのくらい、そうしていたのか。
「千鶴ちゃん、ちょっといい?」
不意に聞こえてきた声に、大きく肩が跳ねた。
それは、今一番聞きたくなくて、会いたくない人のもの。
私は口を両手で覆った。
呼吸も、外へ漏れないようにと、浅く慎重に繰り返す。
居留守を使ってしまおうか、と悩んだ。
返事をしなければ、私は不在だということで諦めてくれるだろうから。
「…もしかして、寝てる?」
でも聞き方が、私がこの部屋にいることを前提にしていることに気が付く。
そういえば、気配には聡い人だ。
もしこのまま障子を開けられでもしたら、居留守がばれてしまう。
そうなったら…。
しかも昨日の一件。
後ろめたいことは、少ない方がいい。
「…います。ちょっと、待ってください」
震える声を抑え込み、濡れた頬を急いで袖で擦る。
乱暴にしすぎたのか、かなり痛かったけど、痛みで頭が少しすっきりした気がするし、何より一番大事なことは解決した。
深呼吸を、一つして。
私は障子に手をかけた。
「…何かご用ですか?」
もう少し、可愛いげのある言い方ができないのだろうか。
自分がしたことなのに、他人事のように思ってしまうあたり、もう救いようがない。
でも相手は沖田さんだ。
そんなことに気を使う必要性を、今は感じない。
「あ…のさ、隊服。僕の、知らない?」
「……あ」
そういえば、まだ渡していなかったことを失念していた。
早い方がいい、と思って、昨夜は待っていたはずなのに。
「少し…待っていてください」
「うん」
素直に頷いてくれた沖田さんを廊下に待たせ、文机の上に畳まれたものを手に取る。
そこで気がつく。
いつもだったら、忘れていた私を責めたりからかったりしていたはずなのに、と。
なのに、それがない。
普通の人がする、普通の反応をされたはず。
なのに、違和感が大きすぎて変な気分。
「…お待たせしました。遅くなってしまって、すみません」
「いや、使うのは明日だから、別に平気なんだけど」
だったら、どうして今、取りに来たのだろう。
気になるけど、聞くことができない。
けれどきっと、少しでも早く手元に置いておきたかったんだろう。
有事が起きてから探すのでは遅すぎる。
私の手からなくなってしまった隊服は、沖田さんが持っている。
これで用は済んだ。
「他にご用がないのなら、これで失礼します」
一礼をして障子を閉めようとした。
そのとき、私が動くより早く、遮られた。
「あのさ……何か、した?」
「え?…ああ。ほつれがあったので、直しておきました…けど。…いけませんでしたか?」
「いや、そっちじゃなくてさ…」
最初は意味が分からなかったけど、すぐに隊服のことだろうと気がついた。
だから正直に答えたのに、なんだか怖い顔をしている沖田さんの雰囲気にのまれて、徐々に小声になっていく。
普段から気がつけばしていたことだったけれど、本当は気に入らなかったんだろうか。
けれど、私の答えは見当違いだったらしい。
肩透かしを食らったように、沖田さんの声が若干和らいだ。
でも、そっちじゃない、って他に何があるんだろう?
考えても、思い当たる節は見当たらない。
「昨日、様子が変だったから」
「…っ」
けれど、思いもよらなかった沖田さんの言葉に反応してしまった私を見て、彼はやっぱり、と呟いた。
「もしかして、僕が何かした?」
「…そんなことは…」
あるのか、ないのか。
問われても、答えることができない。
直接なにかをされたわけじゃない。
けれど、全く関係がないわけでもない。
騙していた沖田さんが悪いけれど、素直に信じていた私も悪かった。
。