想いの行方(仮)

□なによりも、怖いこと
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襷掛けを解きながら、早歩きを通り越して小走りになりそうな歩調に気が付つく。

そのたび不調法にならない程度に急ぎ足で歩き出す。

最後の段取りを押し付けるかたちになったことを申し訳なく思いながら、それ以上のものに頭の中は占拠されていた。

料理中に髪が乱れていないか、着物は汚れていないかをさっと、けれども見落としがないよう調べ、足は見苦しくならないようできるだけ早くを疎かにしない。

いくつものことに気を配りながらは大変。
でも気は抜けない。

そのどれもにおかしな点が無いことを確認し終え、深呼吸を一つ。


「…よし」


そして頬を両手で張ったのは、気合いを入れるため。

すぐそこの部屋に、そうしないと会えない人がいるから。

早歩きになっていた歩調を変え、普段を装う。

頬が熱いのは、さっきまで火の番をしていたから、ということにしておこう。

他には何もないはず。

ここに来た理由も、ちゃんと考えてある。

準備に抜かりはない。

変に考えすぎて間を置くとしり込みしてしまうことも、折り込みずみ。
それが自分の性格だから、よく分かっている。


「おはようございます、沖田さん。起きてらっしゃいますか?」


だから、ここに来た勢いのまま声をかけた。
返事はない。

私の予想どおり。

そうしたら、私がもう一度声をかける。

それが昨夜から考えていた私の台本。

でも。お芝居には、予想外の出来事が発生することが、しばしばある。


「なに?」


返事があったことに驚いた私は、全てが中途半端な声を上げることになった。


「沖田さんっ、起きてっ、えっ?」

「…面白いこと言ったつもりなの、それ」


冷めた声が、まるで責めているように聞こえた。

私が言いたかったのは、『沖田さん、朝食の時間です。起きてらっしゃいますか?』だったはずなのに。

最初と驚いた部分だけが咄嗟に出てきたらしい。
私のなけなしの名誉と沖田さんの名前のために言い訳するけれど、決して名前に掛けたかったわけじゃない。


「…すみませんでした。まだ……眠ってらっしゃるとばかり思っていたので…」

「なにか用?」

「朝食の用意が整いましたので、呼びに来ました」

「そう」

「それから…」


ここから先は、準備してきても言いづらい。けれどどうしても、直接伝えなくてはいけないこと。


「今、少しだけ…よろしいですか?」

「…今、じゃなきゃ駄目なの?」


朝食の前にいきなりやって来て、不躾なことだというのはわかっている。
沖田さんの言葉の端からも、そううかがい知ることができた。


「今がいい、というのは私がそうしたいからというだけです。沖田さんが駄目だと仰るなら、また時を改めます」


ちょっと強く出すぎかもしれない。

私が今、ここに来た理由を思うなら、もっと沖田さんの都合を考えるべきだったのかも、とも。

けれど彼にとっては、思うところは何もないのか。


「わかった。いいよ」


と、あっさり許可を出した。


「失礼します」


障子を開けると、そこにはすでに用意を済ませた沖田さんがいた。

昨日の様子から、もしかしたら今日も二日酔いで苦しんでいるかもしれない、と考えたらことは杞憂だったらしい。


(よかった…)


そう。よかったはずなのに…。

考えていることを顔に出さないよう気を付けて、深く頭を下げた。


「再三の失言、本当に申し訳ありませんでした。私が口を出していいことではなかったと、今は反省しています」


昨夜は、きちんと伝えることができなかったから。
こんな私のこだわりなんて、沖田さんは気にしていないのかもしれないけど。

でも、きちんと伝えないと、先に進めない。
そこには何もないと分かっていても、もう決めたことだから。






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