想いの行方(仮)
□相愛
1ページ/7ページ
「……ちょっと、こんなところで寝ていると風邪ひくよ」
…この声は……
「千鶴ちゃん?」
私の名前を呼んだその声は……
(…ああ、これは夢なんだ……)
あんなにも強く、夢でもいいから会いたいなんて思ったから。
普段にはない優しい響きと、気遣いと。
今までも、この先も、私のものには決してならないものたちが、今この瞬間だけでも与えられて嬉しいはずなのに…。
頬に触れる手も。
冷たい筋がなくなったそこは、冬の外気のせいでいっそう冷えて感じた。
「……ん…」
慣れたとはいえ、身体に感じる寒さはかなり厳しい。
私は肩を震わせた。
夢の中なら、せめてもう少しくらい暖かかったらよかったのに。
ああ、でも。
(…そうなったら、沖田さんに風邪をひくから、なんて心配してもらえない)
だとしたらこの寒さも、自分の願望が作り出したものなのかもしれない。
もしこのままずっと目を覚まさなければ、沖田さんはここにいてくれる?
だったら、このままがいい…。
そう思ったのに、不意に変わる体勢。
夢は本当に不便だ。
自分が願ったようにならないから。
急に身体が暖かくなったのも。
右の耳から、音が聞こえる。
少し早く聞こえるそれは、自分のものとは違う。
浮遊感に誘われるように目を開けると、月の光だけが闇間を照らしていた。
それはさっきも見ていた光景。
でも、違うところもあった。
すぐそこにある、沖田さんの顔。
目を閉じていなくても、はっきりと見えた。
だから余計に、これは夢なんだと思った。
だって、夢でなかったら、こんなふうに抱かれることなんてないから。
でも、ここまでのことを、私は願っていない。
嬉しくないわけじゃないけど、私にしてはずいぶん積極的な夢だな、とは思う。
(でも…少し恥ずかしいけど、……夢だし…)
嬉しいからいいか、と私はもう一度目を閉じた。
しかしやっぱり夢は夢。
柔らかい場所にそっと降ろされ、離れたところが急に寒くなる。
「……さむ…」
身を寄せた先に求めた温もりを感じて、ほっと頬が緩んだ。
「ちょっと、また…?」
また?
またって、なに?
少しあきれたような声と、ため息と。
そして引き剥がそうする力に私は抵抗した。
「いい加減…離れて…」
夢なら、少しくらい私の願いを叶えてくれてもいいのに。
いやいやと首を振っての必死の抵抗もむなしく、温もりは離れてしまった。
「…今日はお酒なんて飲んでたっけ?」
「……飲んでません」
酔っているなんて思われるのは心外で、そう答えた私に沖田さんは、え?と呟いた。
顔を上げると、酷く驚いたように目を丸くする沖田さんが見えた。
「起きて…た?」
「? 寝ていると思いますけど?」
だって、これは夢だから。
起きたまま夢を見るなんて、器用なことをできるはずがない。
なのに私の答えを聞いた沖田さんは眉を顰めて、頭だいじょうぶ?なんて聞いてくる。
…さすがに失礼だ。
「だって、夢を見ているんだから、眠っていなかったらおかしいじゃないですか!夢じゃなかったら沖田さん、ここにいるはずないです!」
「いるじゃない、ここに」
「だから、夢なんです!夢じゃなかったら…っ!」
…沖田さんは、私のそばにはいない。
そんなことを、自分の口から言いたくなかった。
それが現実なのだと、改めて理解しなくてはいけなくなるから。
(ああ、本当に…)
いつの間に、私の中で沖田さんの存在がこんなにも大きくなっていたんだろう。
でも、沖田さんは違う。
私は弱いから、こんな自分を見せたくなくて、すぐに俯いてしまう。
こんな自分じゃ駄目なのに…。
違う。
こんな私だから、駄目なんだ。
思った通りだった。
やっぱり私は、夢の中ですら逃げてしまう。
そんな自分に笑ってしまう。
どんなに想っていても、それが大きいと言ってみても、逃げてしまうなんて、結局は彼への思いがその程度だからなのかもしれない。
色々なことが初めてで、なにも知らない私はそれを勘違いしていただけなのかもしれない。
でも、この胸の痛みは本物で。
やっぱり涙が溢れそうになる。
せめて泣かないようにと瞬きを繰り返していた私は、彼の手が接近していることに気づくのが遅れた。
「いたっ!なにをするんですかっ!?」
「ちゃんと痛かった?」
「痛いに決まっています!沖田さんは同じことをされても痛くない、とおっしゃるんですか!?」
「痛いに決まってるじゃない」
沖田さんは、誰にもさせないと思うけど、と付け加えて私の言葉にあっさりと同意した。
だったら、私だって痛いのに。
分かっていてこんなことをするなんて、沖田さんはやっぱり意地悪だ。
抓られた頬をおさえ、恨みを込めて見返したけど、痛くも痒くもなさそうな沖田さんはしれっと言った。
「だって起きてるんだし」
「…え?」
いま、沖田さんはなんて言った?
「これ…夢じゃ、ない…の?」
「だから、夢じゃないって。ちゃんと痛かったでしょ?」
「は…い」
なんとか頷く私は、頬に地味に続く鈍痛なんて、もう気にならなかった。
夢じゃないなら、抓られたことは現実。
ということは、沖田さんが今ここにいることも、現実。
それだけで緩みそうになる頬を、痛みを抑えるふりをして両手で隠した。
ついでに、見えないだろうけど、熱くなっていることも。
「で、でもっ、いきなり抓るなんて、ひどいですっ。痛かったんですから!」
「だって、そうでもしないと気づかなかったでしょ。僕がなにを言っても、明後日な返事しか返ってこなかったし」
それは、起きているのに眠っていると言ったり、眠っていなかったら沖田さんはここにいない、と言ったことだろう。
でもそれは仕方ないことだと思う。
あんなこと、現実でだって誰にもされたことがなかったんだから。
そこまで考えた私はあることに気付き、さっきまで熱かったはずの頬が一気に冷えた。
口にしてしまったことを、今更取り消すことはできないけれど、誤魔化すことはできるだろう……多分。
沖田さん相手には難しいかもしれないけど、なんとか頑張るしかない。
からかわれることも覚悟している。
でも、それ以外は?
どう誤魔化しても言い逃れができないことに、気付いてしまった。
寝てもいない、寝ぼけても、ましてや沖田さんが言っていたように酔ってもいない。
そんな私が、あんなことをしたらおかしすぎる。
。