想いの行方(仮)

□相愛
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「……ちょっと、こんなところで寝ていると風邪ひくよ」


…この声は……


「千鶴ちゃん?」


私の名前を呼んだその声は……






(…ああ、これは夢なんだ……)


あんなにも強く、夢でもいいから会いたいなんて思ったから。

普段にはない優しい響きと、気遣いと。

今までも、この先も、私のものには決してならないものたちが、今この瞬間だけでも与えられて嬉しいはずなのに…。

頬に触れる手も。

冷たい筋がなくなったそこは、冬の外気のせいでいっそう冷えて感じた。


「……ん…」


慣れたとはいえ、身体に感じる寒さはかなり厳しい。
私は肩を震わせた。

夢の中なら、せめてもう少しくらい暖かかったらよかったのに。

ああ、でも。


(…そうなったら、沖田さんに風邪をひくから、なんて心配してもらえない)


だとしたらこの寒さも、自分の願望が作り出したものなのかもしれない。

もしこのままずっと目を覚まさなければ、沖田さんはここにいてくれる?

だったら、このままがいい…。

そう思ったのに、不意に変わる体勢。

夢は本当に不便だ。
自分が願ったようにならないから。

急に身体が暖かくなったのも。

右の耳から、音が聞こえる。
少し早く聞こえるそれは、自分のものとは違う。

浮遊感に誘われるように目を開けると、月の光だけが闇間を照らしていた。

それはさっきも見ていた光景。

でも、違うところもあった。

すぐそこにある、沖田さんの顔。

目を閉じていなくても、はっきりと見えた。

だから余計に、これは夢なんだと思った。

だって、夢でなかったら、こんなふうに抱かれることなんてないから。

でも、ここまでのことを、私は願っていない。

嬉しくないわけじゃないけど、私にしてはずいぶん積極的な夢だな、とは思う。


(でも…少し恥ずかしいけど、……夢だし…)


嬉しいからいいか、と私はもう一度目を閉じた。

しかしやっぱり夢は夢。

柔らかい場所にそっと降ろされ、離れたところが急に寒くなる。


「……さむ…」


身を寄せた先に求めた温もりを感じて、ほっと頬が緩んだ。


「ちょっと、また…?」


また?

またって、なに?

少しあきれたような声と、ため息と。
そして引き剥がそうする力に私は抵抗した。


「いい加減…離れて…」


夢なら、少しくらい私の願いを叶えてくれてもいいのに。

いやいやと首を振っての必死の抵抗もむなしく、温もりは離れてしまった。


「…今日はお酒なんて飲んでたっけ?」

「……飲んでません」


酔っているなんて思われるのは心外で、そう答えた私に沖田さんは、え?と呟いた。

顔を上げると、酷く驚いたように目を丸くする沖田さんが見えた。


「起きて…た?」

「? 寝ていると思いますけど?」


だって、これは夢だから。
起きたまま夢を見るなんて、器用なことをできるはずがない。

なのに私の答えを聞いた沖田さんは眉を顰めて、頭だいじょうぶ?なんて聞いてくる。

…さすがに失礼だ。


「だって、夢を見ているんだから、眠っていなかったらおかしいじゃないですか!夢じゃなかったら沖田さん、ここにいるはずないです!」

「いるじゃない、ここに」

「だから、夢なんです!夢じゃなかったら…っ!」


…沖田さんは、私のそばにはいない。

そんなことを、自分の口から言いたくなかった。
それが現実なのだと、改めて理解しなくてはいけなくなるから。


(ああ、本当に…)


いつの間に、私の中で沖田さんの存在がこんなにも大きくなっていたんだろう。

でも、沖田さんは違う。

私は弱いから、こんな自分を見せたくなくて、すぐに俯いてしまう。

こんな自分じゃ駄目なのに…。

違う。

こんな私だから、駄目なんだ。

思った通りだった。

やっぱり私は、夢の中ですら逃げてしまう。
そんな自分に笑ってしまう。

どんなに想っていても、それが大きいと言ってみても、逃げてしまうなんて、結局は彼への思いがその程度だからなのかもしれない。

色々なことが初めてで、なにも知らない私はそれを勘違いしていただけなのかもしれない。

でも、この胸の痛みは本物で。

やっぱり涙が溢れそうになる。

せめて泣かないようにと瞬きを繰り返していた私は、彼の手が接近していることに気づくのが遅れた。


「いたっ!なにをするんですかっ!?」

「ちゃんと痛かった?」

「痛いに決まっています!沖田さんは同じことをされても痛くない、とおっしゃるんですか!?」

「痛いに決まってるじゃない」


沖田さんは、誰にもさせないと思うけど、と付け加えて私の言葉にあっさりと同意した。

だったら、私だって痛いのに。
分かっていてこんなことをするなんて、沖田さんはやっぱり意地悪だ。

抓られた頬をおさえ、恨みを込めて見返したけど、痛くも痒くもなさそうな沖田さんはしれっと言った。


「だって起きてるんだし」

「…え?」


いま、沖田さんはなんて言った?


「これ…夢じゃ、ない…の?」

「だから、夢じゃないって。ちゃんと痛かったでしょ?」

「は…い」


なんとか頷く私は、頬に地味に続く鈍痛なんて、もう気にならなかった。

夢じゃないなら、抓られたことは現実。
ということは、沖田さんが今ここにいることも、現実。

それだけで緩みそうになる頬を、痛みを抑えるふりをして両手で隠した。
ついでに、見えないだろうけど、熱くなっていることも。


「で、でもっ、いきなり抓るなんて、ひどいですっ。痛かったんですから!」

「だって、そうでもしないと気づかなかったでしょ。僕がなにを言っても、明後日な返事しか返ってこなかったし」

それは、起きているのに眠っていると言ったり、眠っていなかったら沖田さんはここにいない、と言ったことだろう。

でもそれは仕方ないことだと思う。

あんなこと、現実でだって誰にもされたことがなかったんだから。

そこまで考えた私はあることに気付き、さっきまで熱かったはずの頬が一気に冷えた。

口にしてしまったことを、今更取り消すことはできないけれど、誤魔化すことはできるだろう……多分。
沖田さん相手には難しいかもしれないけど、なんとか頑張るしかない。
からかわれることも覚悟している。

でも、それ以外は?

どう誤魔化しても言い逃れができないことに、気付いてしまった。

寝てもいない、寝ぼけても、ましてや沖田さんが言っていたように酔ってもいない。
そんな私が、あんなことをしたらおかしすぎる。






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